社会問題にもなっている「ヤングケアラー」を深掘りしていこう!

 「ヤングケアラー」って何?

家族の病気や介護を理由に、家事や世話などで生活に追われてしまうまだ若い子どもたちを指す言葉。

中高年のこみち世代が直面する問題を、まだ人として完成していない未成年者の段階から強いられてしまうことに深刻な悩みがある。

テレビの特集番組で、そんなヤングケアラーのことを紹介していたのだが、そこでは高校3年の子どもがヤングケアラーで、進学か親の介護かで悩んでいた。

興味深い話として、子どもたちはヤングケアラーである生活を受け止めているケースが多いこと。

つまり、自身の未来に向かって成長することよりも、親の介護を当たり前と感じて、1日の大半を家族のために消費してしまう。

国や行政、学校は?

番組内では、ヤングケアラーやその予備軍を個別面談で調査しているケースもあると伝えていた。

子どもの教育や躾としての「お手伝い」なのか、「ヤングケアラー」になっていないのかのラインはとても曖昧だ。

そこで、スクールカウンセラーという名称で、多分社会福祉士のような有資格者が子どもと社会の間に入っているのだろう。

こみち自身も独り身だった叔母の介護施設を探す際に、行政の福祉課や地域包括支援センターなどを訪ねた経験があるから分かるのだが、「独立した大人同士」というスタイルで話し合うと形式的で終わってしまう。

子どもたちに「家事は負担ではないの? 辛くない?」と聞いてしまうと、我々の世代とは違って「大丈夫」と答えてしまう。

それは、我々世代が「家事って大変かぁ?」と自問するのに対し、今の子どもたちは「どう答えるべきか?」と考えるからだ。

もしも「「辛い」と言ってしまえば、その後どうなるのか?」と考えて、今の生活を続けることを選んでしまう。

カウンセラーによっては、「大丈夫」という言葉を鵜呑みにして、「じゃあ、無理しないでね!」と返してしまうだろう。

つまり難しい課題は、社会福祉士の有資格者には知識もあるのは事実だが、社会が「未成年によって支えられている家族」をどう支援するのか明確に方針を決めることだ。

でもそんな単純にガイドラインを作ることはできない。

「大切な親を捨てることなどできない」と子どもたちは考えてしまう。

さらに、介護される親の方も「子どもの将来を最優先してください」とも言わない。

大切だからといつまでも子どもを側に置き、自分のためにケアーを続けさせてしまう。

深刻な問題があるとするなら、そんな親の介護で10年、20年と費やした時間をどう取り戻せば良いのか。

実はヤングケアラーだけではなく、我々中高年世代でも同じことが言える。

そのテレビ番組をこみち家でも両親と観ていて、母親は「大変そう」「かわいそう」と言い、父親は黙って何も言わなかった。

つまり、二人のような感覚で、もしもこみちがまだ未成年だったら、それこそヤングケアラーを続けることになっていただろう。

福祉課に相談することもできないし、学校にも相談しない。

でも両親はどう言う状況なのかとも向き合わないから、朝食かたトイレ掃除などをしているこみちが既に介護の一端に関わっているとは思っていない。

つまり、スクールカウンセラーが話を聞くということは第一歩ではあるが、決められなくなった状況で、「こうしましょう!」と子どもたち側から考えるサポート役が必要だ。

「夢はあるの?」「それに挑戦してみたたくない?」「立派になってから、親を助けることもできる」と。

でも実はこの問題は根が深い。

なぜなら、自身の「人生」をどう生きていけばいいのかを考えてている人が割と我々世代よりも上の人に少ないと思うからだ。

「今の生活に満足している」と答えると思う。