母親を見て思うこと
家事をする母親の姿を見て、仕事ちゃんとできているのかなぁと思う時が増えました。
しかも、予定したミーティングを忘れていた母親。
電話が掛かって来て、慌てています。
相変わらずの父親
父親は相変わらずと言うか、寝ているか食べているか、テレビを観ているか。
失禁する頻度も増えています。
トイレの便座カバーは、今週二度目の濡らしていました。
でも母親の意向で父親には洗濯機の使い方も教えていないので、濡らしても父親は何もできません。
全部受け身。しかも母親が大きなため息をついてしています。
そこだけ見ると、もう老老介護は成立していません。
ケアマネに伝えること
ここからはこれから介護する方やこみち家のように真っ只中の方にも考えて欲しい部分。
それがどう生きるか?
子どもとして両親を支えるために誰も迷惑を掛けないで頑張るのも貴方の自由。
一方でケアマネに事情を説明し、公的な支援を取り入れるのも自由です。
頑張ると言えばケアマネも頑張ってねとしか言いません。
もうダメです。どうしましょう?と言えば、そこからケアマネは公的なサービスの導入を検討し始めます。
そして今はここまでできるというアドバイスが受けられるでしょう。
そこで、恥ずかしいから頑張るという選択肢ですが、それがいけないことではなく、頑張れますか?ご自分の人生は?ということも考えるべきです。
なぜって我々も行く行くは介護を考える時期が来ます。
頑張ろうと思ってもできなくなる時が。
親の介護を頑張って、へとへとになって年を重ねた自分が、今度は同じことを自分にためにもう一度する。
しかも年齢を重ねてから。
それは容易なことではありません。だからこそ、自分の老後も親の介護同様に考えるべきだと思います。
そうなると、今の親の介護、どこまでできるのかの基準が変わります。
頑張って頑張っての限界ではなく、今負担なくできる範囲。
それをケアマネに相談すればいいんです。
特に曖昧に頑張ればできるかもと言えば、頑張ってくださいと返って来るので、しっかりとここまではできる、ここからは難しいと伝えましょう。
そこから彼らが動き出すので。
楽をするんじゃありません。
誰もが破綻しない未来を考えたギリギリを見つける作業なんです。
だから、ケアマネに上手くいっているフリなど必要ありません。
だってそもそもケアマネを付ける理由って、できなくなる相談をするためですから。