中高年になってこそ振り返る 「大学進学」が与えてくれること

 昭和と令和で時代が求めるものが変化した!?

昭和時代に青春を過ごしたこみちからすれば、「令和」に生きる若者たちがどれだけ苦労しているのか心配になる。

というのも、昭和時代は、「真面目」であればどうにか生きられた。

コツコツと1つのことを続けていれば、それこそ定年まで職場があって老後も安泰だった。

ところが、日本国民の人口が減少している時代に入り、さらには65歳以上の高齢者が若者以上に増えてしまえば、そこで待っている若者たちの老後は想像できない。

今日、生まれたとしても、その子が大人になるのは20年後。

つまり、今から取り組んでも20年、30年後では今の心配や不安を克服する抜本的な結果は得られないだろう。

特に今、30歳前後の年代は、まだ少子化対策の結果が見えない時代に中高年を迎える。

体力気力が低下し始めて、何となく将来に対する不安を肌で感じる頃になっても、人口減少による社会構造の低下を感じているだろう。

中高年になったこみちが振り返る20代30代の生き方

最終目標は、「稼ぐ術」を身につけることだろう。

「何かができる」という「術」よりも、「才能の活かし方」を研ぎ澄ますことだ。

そのためには事業を起こすことにも慣れて欲しいし、そのための資金も準備した方がいい。

その上で、「大学進学」という社会制度を掴むかどうか考えよう。

正直、中高年になって「大学進学」そのものを実感することは少ない。

ただ「東大」を始めとした他人が「凄そう」と話題にしてくれる意味では、良い大学に進むべきだ。

一方で大学進学の最も重要な意味は、資格取得にあるだろう。

大学を出て得られる学士や教育免許は、それを持たない人と社会的にアピールポイントを変えられる。

現場仕事では手先が器用な人が優遇されるが、管理者になるのはそれに似合った資質が必要になる。

いわゆる叩き上げ(現場経験からの昇進)が15年掛かることも、大卒、それも評価の高い大学ほど短期間で目指せる余地がある。

もちろん可能性の話だが、大学進学で単位を一定数取得することで受験できる資格もあるし、ある時に「こんな生き方ができないだろうか?」と思っても、あれこれと壁が出てしまう。

中高年位になると、より短期間での成果を求めるから、3年掛けて資格を取り、キャリアを重ねて一人前になるというような計画は難しい。

それこそ20代の時から始めておくべきステップだ。