今の苦しさを打破するために

 なぜ、「今」苦しいのだろう?

介護士という仕事にありつけたこみちですが、介護施設で働いてみて「有り難い」と思った時と、「息苦しさ」に襲われた時が周期的に到来しています。

「有り難い」と思えたのは、利用者たちが人生の先輩として温かく迎えてくれたこと。

こみちが学生時代や社会人として出会ったいろいろな人たちとは、また異なる雰囲気と考え方を持った人たちです。

まだ仕事に慣れていない頃、作業するのに手間取り、その度に我慢して付き合ってもらったことも多々ありました。

慣れている介護士ならすぐに終えられたことも、「慣れる」ために無理を強いてきたのです。

ここまで仕事を覚えられたのも、そんな利用者たちだったからで、いずれこみちが介護される側になったら「慌てなくていいですよ」と優しく声掛けられる人なりたいとも思いました。

一方で「息苦しさ」も感じます。

それは特にスタッフ間に起こるのですが、最近特に職場の雰囲気はあまりいいものではありません。

介護士のあるあるとも言えますが、スタッフの一人が先月くらいから休職扱いとなり、すでに組まれたシフトは変更されていないので、仕事量がまた増加しました。

日頃から人員不足状態なので、8月中はいつも以上に激務となることが確定しています。

さらに、何度かこのブログにて紹介させてもらっていますが、「サイコ」な先輩に加えて、仕事をしなくなった別の先輩がいることです。

つまり、二人の先輩と同じシフトになったら、こみちはほど3人分を背負うことになるのです。

そして、どうしても残った仕事を、「サイコ」な先輩が「これくらいもできないの?」と言いたげな顔で仕事を始めます。

本来ならこみちが責められる話ではありません。

ただ、介護士の仕事では施設の設定によって、仕事を個人別に割り振りしていないので、同じシフトに組まれると仕事量はかなり増減します。

ここのところ、これだけで等分された量はクリアしているだろうという仕事ではありません。

なぜ、「自分だけ?」と思うほど、仕事を放置される職場になってしまいました。

それはこみち自身ではなく、利用者の表情に表れていて、こみちを見ると利用者たちがあれこれと要求してきます。

何より、利用者との会話中に(アレ、認知が進んでいる?)と思ってしまう瞬間があります。

つまり、日頃の会話不足から、言葉が出にくくなったり、会話に特徴的な癖があったりして、こみちが休みの時にどんな風に介護しているのだろうかと思ってしまいます。

担当する利用者を1日掛けて回りながら、たわいのない会話をさせてもらうのですが、中には大広間にいる時は同じでも、個室に入った瞬間に「ハァ〜」と大きなため息をつく利用者がいました。

「大丈夫?」

「疲れるよ!」

「そうだね。いつもジッと座っているからね」

その人は少し認知低下が見られますが、不思議と二人きりになるといろんな話を始めます。

その表情は大広間とはまるで別人です。

その利用者だけではなく、いろんな利用者が「もう一つの顔」を持っていて、こみち以外の介護士にはまたきっと「別の顔」を出すのでしょう。

つまり、それだけいろいろな表情を持っているということ。

そのギャップとスタッフのやる気無さの隔たりの狭間にいると、「息苦しさ」を感じるのです。

「打破」するためには?

介護士として働くこみちの場合、段階的に打破する方法を考える必要があります。

もっとも根本的なのは、介護士を辞めて別の仕事に変えること。

少なくとも、「息苦しさ」はもう変わることが見込めないので、それに耐えられないなら異業種への転職しかありません。

それよりも軽い変更としては、同じ介護業界の別の職場に移動すること。

もう少し踏み込んだ方法は、職場環境の改善を提案し、「息苦しさ」を緩和させる行動に出ることです。

「打破」できないのはなぜか?

もちろん、こみちを含めて、人は変化に否定的です。

特に居心地の良さを感じる人ほど、変えたくありません。

つまり、「サイコ」な先輩は、こみちのような後輩と同じ組になると楽ができます。

それを「等分に働いて欲しい」と言ったら、「失礼なやつだ。見ていないだけで働いている!」と怒り出すでしょう。

実際、居眠りしている訳では無いので、完全に家にいるような感覚ではありません。

ただ、面倒な仕事になりそうな場面で、「自分から動いているのか?」となると肯定はできないでしょう。

仕方ないことですが、利用者の中には不定期に「お漏らし」してしまう人がいます。

対処法は心得てますが、場合によっては身体を拭いたり衣類を洗濯したりと、作業行程の多い労働には変わりありません。

時には2人、3人と同じような作業が続きます。

そして、その間にも通常業務は進行しているので、絶えず時間を気にしながら作業しなければいけません。

何よりその場にいないスタッフが合流した時、あまりに仕事が終わっていないと迷惑を掛けるからです。

変えたくない人を変えるには、組織なら上司、家庭では第三者を交えることが近道です。

言い分や言い訳に合理的な理由があるのか、周囲との認識はどうかなど、話し合うことで解決策を模索する必要があります。

しかし厄介なのは、今まで威勢が良かった人が、逆境になると急に脆く弱い雰囲気を出して、「泣き落とし」に転じることです。

理屈で責められないようにする手段でもありますが、感情的になってしまう人ほど、扱いに時間が必要です。

職場によっては、そんな人材をさらに人事権を持った人が聞き取りなどして、「本音」を確認しすることもできますが、介護業界のように人材不足が慢性化している職場では中々難しいでしょう。

つまり、少しでも良くなればと思っても、それが利用者のためではなく、サボりたいスタッフの手助けになってしまい、ジレンマと息苦しさで体調を崩してしまうのです。

こみち的な打開策

こみちの場合、自身の気持ちを保つために、ダブルワークを始めました。

さらに、来年に控えている「介護福祉士国家試験」を節目に、新たな展開を模索したいです。

今の職場に残る可能性もあるものの、別の施設や異業種を含めて、いろいろと考える予定です。

というのも、介護業界は「ケアプラン」次第で、それを実践できる組織が伴うことで利用者の満足度は高まります。

しかし、サボるスタッフの割合が増えれば、当然ながら良いサービスにはなりませんし、それを目指して働くこともできません。

そんな職場環境の下で働いても経験にはなりませんし、息苦しさばかり感じるのも良いものではありません。

その意味でも、来年の春くらいを目処にして、自身の環境を変えてみたいと思っています。