介護施設のようにはできません!
先ず、家で介護をすると、それこそ介護施設のような体制は難しいです。
具体例を挙げると、一般的な衣類の洗濯と汚物で汚れた衣類の洗濯を、別々の洗濯機で洗うことから難しくなります。
汚れてしまった場合、事前に手洗いで汚れを洗い流し、その後に単独または一般の洗濯物と一緒に洗濯することになるでしょう。
なぜそんな話をしたのかと言うと、最近、父親がトイレに間に合わなくなり、パットやリハビリにお漏らしすることが増えました。
ある意味、老いればそうなるものなので、そのことを責めるつもりはありません。
そうならないように散歩などの習慣を作ることが大切だったと、前々から伝えていたことが現実になっているに過ぎません。
その上で、夕方、母親に「パンツ、替えたほうがいいよ!」と告げました。
いい加減にその習慣を覚えて欲しいのですが、毎回、母親のリアクションがちょっと変で、「何で?」と言う顔をします。
「お父さんの汚れていないか確認した?」
「(お父さん)何も言わないよ!」
「言わないからじゃなくて、自分で確認しないと…」
そして夕方、父親は衣類を着替えたのですが、新しいパットを用意していたので、汚れていたのでしょう。
「すぐに洗濯すると朝までに乾いてしまうから」
父親にそう伝えて、母親は着替えを促します。
その会話を聞いたこみちはふと疑問を覚えました。
「一緒に洗うんだ!」と。
と言うのも、夕方の洗濯はタオル類です。
母親が2度に分けて洗うとも思えません。
母親自身も「衛生的に使うタオルと汚れた下着は別々に洗う」と昨日言っていたはずですが…。
干された洗濯物はほとんどがタオルですが、父親のパンツもありました。
「だよなぁ」と言う感じです。
ただ本当に心配なのは、尿ではない方になった時。
母親が流石にと思って2回に分けられるのかと言うと、口ではっぽいことを言っても、結局は何も考えずに楽を最優先して混ぜてしまうと思うんです。
事前の手洗いさえしないことも覚悟しなければ…。
例えば母親に「一緒に洗っているんだ?」と聞いたとしても、悪びれる様子もなく「そうだよ」と答える可能性もあります。
「たまたま」とか「今回だけ」と言う言い訳をするかもしれません。
でも根底の基準は「自分が楽」かどうか。
数日前に「食器くらい洗って片付けて!」と言いましたが、数日は洗っておくようになりましたが、そのまま洗浄機に突っ込んだままです。
「ご飯作る時に片付けからするの、やる気なくなるでしょ?」と母親に言えば「そうそう」とは言います。
でもやっぱりしてくれません。
こみちが目の前にいて、ちょうどコップをその洗浄機から出していた母親がいて、まだ中には自分たちの食器があるのに、特に気にする様子もなくお茶を注いで飲んでいました。
言えばそれっぽい答えを言ったりします。
でも、何もできないのが現状です。
父親に関しても同じですが、汚れたから自分で着替えようとはしません。
汚れたまま何もしないで、テレビを見ていると言う感じです。
汚れていて嫌じゃないの?と思うのですが、そこで頑張ろうとは思わないみたいです。
数年後、もっと今よりも曖昧になって、その時にも父親は汚れたままで、母親も言われないから着替えさせもしないと言う状況になりそうです。
明日、父親を連れて定期的な健康チェックを病院でするのですが、歩行が不安なので母親にも声をかけて同行してもらおうかと思ったのですが、「もう、お母さんには難しいかもよ」と妻から言われて、正直、かなり気分が落ち込んでいます。
入り口で降ろして、そこから建物まで歩いてもらう。
明日はできても、その次はどうなるか分かりません。
しかも母親にも難しいと判断してしまうと、この先ずっと母親には頼れないことになってしまいます。
できないのも分かるのですが、できないのが当たり前と言うスタンスにしてしまうと、できないことなんてたくさんあるので、できることしかしなくなりそうです。
しかも母親からは優しくないと思われているので。