父親の転倒

 心が壊れそうです…

今朝、いつものように朝食を作っていたのですが、トイレに起きてきた父親が廊下で転倒しました。

昨晩届いた宅配便の荷物が廊下にあって、少し狭くなっていたのですが、父親はその荷物と一緒に倒れてしまいました。

「気をつけてね!」

そう声掛けした時にはもうバランスを崩していたので、防ぐこともできずに残念な気持ちです。

1ヶ月くらい前から、父親は少量ですが失禁してしまうことが増えて、1日の中で何度か漏らしていないか母親が確認しています。

尿意を感じてトイレまで移動することが間に合わないのが原因ですが、今朝の場合、届いた荷物が破損していました。

もちろん、父親から謝罪されることもなく、転倒した父親を起こしている時もいろんな意味で悲しかったです。

父親は自分のことしかできないタイプですが、今はその自分のことも段々とできなくなっていて、全面的に世話されないと何もできません。

以前はできていた食器洗いや食器の片付けさえできないので、食べて寝る以外はテレビを見ているくらいしかしていません。

荷物を壊しても、認識の範囲にはないので、「ごめん」無理でも、「壊れたか?」とも言いません。

してもらってもできなくなれば、そこまでなので、結局はテレビを観るくらいしかできなくなっています。

最近、リビングの臭いが高齢者特有の臭いになっていて、食事中、ガンガンと鳴っているテレビの音声とその臭いが気になって食事もうんざりします。

しかも6時に作った夕飯も、両親に先に食べてもらうと、食事として洗い物をするだけで9時前になってしまいます。

というのも、6時に出来ても、そこから風呂に入ったり、頭を乾かしたりしているので、7時や8時になることも珍しくありません。

とは言え、いつもいつもそうではないので、先に食べることもできません。

かなりの時間を空けていないとことが進まないので、9時近くまで自室で待っていると寝てしまうこともあります。

「今、寝てたよ」

そんな感じでリビングに降りて、シンクにはまだ洗い物が置きっぱなしになっている。

母親は洗面所でドライヤーを使っていて、父親はテレビの前。

使ったしゃもじもそこに置きっぱなしで、それを黙って片付けられる時もありますが、心がダメージを受けて落ち込んでしまうこともあります。

余裕を持っていても思うように進まずに、ギリギリにすると全く別のことでトラブルになっていたり二度手間だったり、それこそこみちがあれこれとできるタイプならいいのですが、そうではないので余計に負担に感じます。

できないと分かっているから、できることからコツコツするしかないのに、コツコツの部分は当たり前に消耗し、慌てて間に合わせたことはトラブルになっても誰も助けてはくれません。

もちろん妻は頼れる人ですが、やはり多くのことで負担や我慢してもらっているので、そこまで頼ることもできません。

来年、再来年となれば、さらに両親が老いるので、今以上に介護負担が増えます。

あまり考え過ぎると心が壊れてしまうので、今しなければいけないことだけを優先して向き合うしかありません。