全否定はできないけれど
興味を持ち、ちょっと始めた時と言うのは、それこそまだ何も分からないので全てが新鮮で、1回目よりも2回目、さらに3回目と繰り返すほどに進歩するので楽しくて仕方ありません。
やがてそれが自分の「趣味」になり、まわりの人と同じ話題で盛り上がれたりもします。
「折角なら趣味ではなく仕事に…」
そんな風に考えるのも自然で、好きなことをして生きられるならそれは悪い選択では無いはずです。
ただ、趣味と仕事の違いは、マイペースにできるかと言う部分。
絵描きと言う仕事は、絵を描くことなので、楽に感じるかもしれません。
ですが、「半年後に作品を10個作ってください」と言われれば、何を描くかから始まり、どんなテーマにするか、スケジュールをどう立てればいいのかなど、実際には「描く」以外のことが仕事の大半だと気づきます。
つまり、「好きだから」と言うキッカケで始めても、求められる大半は別のことで、嫌いではない仕事と比べて、やりがいに大きな違いがあるとも言えません。
だとすると、好きなことは趣味のまま、嫌いではなく効率的に稼げる仕事を選んだ方がずっと自分にとって楽だったりします。
価値が認められている仕事
どうやら、儲かる仕事と儲からない仕事が世間にはあるようです。
儲かる仕事の特徴は、世間的に評価されている仕事です。
この「世間的」がポイントで、本当に価値があるかではなく、社会で評価されていたら儲かる仕事になることです。
医師になるには、大学の医学部に入らなければいけません。
学力の高さもそうですが、学費の高さも高いハードルです。
だからこそ、世間的に医師は高い評価を受けて、高い報酬へと繋がっています。
では介護士と言う職業はどうでしょうか。
医師や看護師とは異なり、介護士は働きながら経験を積み、国家資格を取得することができます。
それだけ間口が広く、誰もがなれる可能性があります。
つまり、「難しい」「選ばれた」人材だけに与えられる仕事ではありません。
それが実際の介護士の仕事を正確に評価したものでなくても、世間的にどう見られているかがポイントです。
例えば介護士の仕事も、医師や看護師同様に人の命と向き合い、様々面で他人の人生を支えることなので、奥が深い簡単な仕事ではありません。
つまり、医師だから凄いのではなく、介護士だから凄くないのではなく、世間的にどう評価されているのかで、報酬や待遇が大きく変化します。
例えば飲食店の経営を始めるとして、その地域の相場が1000円の時に、5000円の料理をメインした店だったとしましょう。
平均が1000円なので、5000円はかなり強気でしょう。
もしもそのままの価格帯で繁盛したら、それこそ新たな価値観を定着させたことになります。
ただ標準的には相場観が必要で、人気店の上限を参考にすればその経営で到達できる範囲が見えて来ます。
それが経営戦略になるのですが、既存にない価値観で勝負するのは、ライバルも少ないですが市場で評価を得られるかは簡単ではありません。
これは、ベンチャー企業と同じで、新たなビジネス故にやりがいや達成感も得られますが、評価が得られるかは未知数なことに似ています。
つまり、今まで誰も成し遂げていない分野を目指すのは大きな挑戦ですが、評価を受けられるかは努力や苦労が報われないこともあります。
一方で、評価基準のある分野なら、努力すると結果にも繋がりやすく、大きな価値の変化は期待できないかもしれませんが、堅実に生きられる最も幸せになれる確率が高い選択です。
学生では「勉強」と親が言うのも、社会に出てからの努力は、担当する業務に限られていて、努力しても経験につながらないことがあります。
だからこそ親は子供に勉強しなさいと繰り返すのでしょう。
効率的に見返りが期待できるこよなので。
好きなことを仕事にして生きるのは、他にもっとある効率的に稼げる方法を選ばないので、努力しても報われないことも想定しなければいけません。
それでもいいと言う覚悟でもなければ、わざわざ確率が低い仕事を選ぶのも賢い選択とは言えません。
努力を無駄にしないためには、世間から高く支持されている仕事を選ぶことでしょう。
そのためには、世間で評価されることに頑張るべきです。
良い大学が意味があるかではなく、努力が報われやすいのは良い大学に入ることなので、みんなと同じ時期に努力することでしょう。
実際には大学を選ばなくても、やり甲斐ある仕事はたくさんありますが、世間的な評価を受けられると努力も報われ、逆に本当は大変な仕事でも誰でもできると言う評価なら、報酬や待遇がなかなか改善されません。
業界によって評価が大きく異なるので、社内での努力だけではなかなかポジションも変わらないので、よく自分で選ぼうとしている仕事が世間にどう評価されているか確認することです。