結局は同じこと
両親はナルシストなタイプの人間です。
他人の様子を見て、どんな気持ちや価値観で行動しているか想像できないタイプです。
つまり、床を水拭きしている人がいた時に「水拭きしている」とは思えますが、「なぜ水拭きしているのか?」や「どんな気持ちでしているのか?」を想像できません。
だから、本当は辛いけど頑張ってしたことも、相手を思って早目に切り上げたことも、特にそこに意味がないと思ってしまうのです。
今、父親が朝と夜に飲む薬が複数あって、もう父親自身では何をいつ飲むか管理できません。
それをこみちや妻が管理しているのですが、母親は自分の主人だと言いながらも、父親の世話を簡単に省いてしまいます。
いつもは何かと世話を焼くのに、薬は案外と関わらないんだねと言う感じです。
ここでも、ナルシストだなぁと思う話ですが、結局は世話を焼くのも父親を思ってではなく、母親自身が満足するために過ぎないからでしょう。
自分軸の発想で行動しているので、思ったことはしたいけど、当たり前の義務は面倒に思う。
そんな感じなのです。
だから、毎回、朝と夕方の薬を準備するのは遠慮したがります。
父親に関しては、もう朝起きて夜寝るまでに食事をするまでがギリギリで、あとはテレビでも観ているくらいしか行動範囲を広げられません。
昨日の思わぬ転倒を目の当たりにして、一人で外出は危険過ぎますし、かと言って家の中でできるのは食器を洗うことくらいです。
それも家族分ではなく、自分が使った茶碗とコップ、箸くらい。
作業にすれば2、3分のことですが、それくらいが習慣化できる限界です。
それ以上になると、サボりがちになり、それさえも全くしなくなるからです。
そんな両親なので、家族で今後を話しても、両親がこれから何か頑張ることはもう期待できません。
むしろ、変に知識が増えると、全く意図しないことを始めて、それで余計にこちら側の心配や負担が増えるからです。
昔、「このままでは家族が崩壊するよ!」と両親にも告げたことがありましたが、多分、もう崩壊しているのでしょう。
つまり、もう改善策がなくなって、時間が過ぎるしかないと言うこと。
昨日も父親と食べる弁当や、妻やこみちに菓子パンを買って来ました。
でも、朝用のウインナーなどは買って来ません。
毎回、夕飯用の食材を回していたら、そちらが足りなくなるので、そこは理解して欲しいのですが、母親にすればまだ夕飯用はたくさんあると思っているのか、「一回くらい」と言う気持ちなのか、度々そんなことをします。
それこそ、夕飯用はこみちが管理しているのですが、朝用も含めてお金を渡してくれたらいいのですが、そこは自分ですると言いながら、結局は助けてと言う流れになります。
いつもそうなのですが、自由でいたいと言うのに、できないで援助してもらうことが当たり前になり過ぎています。
仕方ないといい、結局は何も変えずに押し切ろうとして、できなくて丸まってしまう両親。
そんな姿を恥ずかしいと思ってくれたらいいのですが、なぜか家族だから助け合いと言い出せるご都合主義には驚かされます。