「分からない」と言う感覚は「失ったとしても分からない」と言うこと

ホンモノの「 ナルシスト」

心理学的な意味での「ナルシスト」とは、基準が自分しかない人を指します。

つまり、「一般的には…」と言う考えがなく「自分は…」でしか考えられない人です。

具体的には、誰かに何か言われても、自分がそう思えないと行動しない人です。

こみちの父親と母親正にそんな性格で、こだわることにはこだわりますが、普通は全部しないと終わらないことでも、半分を放置してしまうと言うようなことが起こります。

ゴミ箱のゴミを集めて、ゴミ収集車が来る場所までゴミ袋を出しに行く。

でもナルシストの考えは特徴的で、ゴミ袋を出すだけとか、集めるだけで終わってしまいます。

もちろん全部できることもあるのですが、それは自分が最初から最後までしたいと思えたからです。

一方で、こみちが頭痛で苦しんでいても、体調が悪いのだろうと想像出来ても、だから何をするべきかは思いつきません。

それがナルシストな人の特徴です。

介護の段階が少しずつ始まり、時にはため息が出るほど疲れてしまうこともあります。

でも仮に疲労で腰を傷めても、傷めるまでの間に助けてあげないければと言うナルシストの機転はほとんど期待できません。

と言うのも、「〇〇をしなければいけない」と目標があって、それを自分でできていた時はいいのですが、老いたナルシストは目標だけあって他人にそれを強いて来ます。

なぜ強いるのかと言うと、今までそう思って生きて来たからで、実は他人は違う考えだったとしても、それを理解できません。

昨日も親機でも操作できないのに、朝の忙しい時間でも子機をずっといじり、できないを繰り返していました。

「親機でしたら?」

端的に指摘して、別のことを急ぐのですが、母親は「できない」をずっと繰り返していました。

もっと視野が狭くなれば、今後はもっと顕著にそんな行動が目立つでしょう。

間違えた考えでもそれを続けることしかできないので、最近は中途半端になることが増えました。

かと言って、それを全部フォローしていると、その要求は無限に広がるので、頑張れば頑張るほど自分を苦しく追い込んでしまいます。

「ここまで」と言う基準を決めたら、それ以上はできないことにしないと、潰れるまでナルシストの要求はおさまりません。

しかも潰れても潰れるまで察しないので、自分が立ち直れないほど頑張るべきできはありません。

意識を失って倒れたとしても、父親はその隣りでテレビ観ていられるでしょうし、母親は慌てるかもしれませんが、「大変。大変」と言い続けるだけで救急車を呼ぶまで頭が回らないかもしれません。

結局、嫌な意味ではなくて、ナルシストは自分基準しかないので、周りで接する時は常に余力を残しておかないと後で助けてくれることはほぼ期待できません。