父親はナルシスト
ナルシストとは、日常生活の判断基準が常に自分基準である人を言う。
だから、茶碗を洗うのも自分の分だけしか洗わない。
父親が洗い物をしていて、いつも何かと世話してくれる母親が彼女の茶碗を持って行っても洗わない。
「オレのは終わったから」
そんなやり取りと見ると、母親は寂しくないのだろうかと思ってしまう。
父親に対してきっと100倍くらいいろいろしているのに、それが感謝として伝わっていないからだ。
父親の視点で考えると、その中で自分が心から望んでいることをどれだけしてくれたのかになるのだろう。
世間的とか、一般的な意味でしたことは、父親にとって全く価値を感じなくて、だから母親の世話も多くはそんな部類に属してしまうのだろう。
実際、母親の行動は、思いつきや固定概念から起きることが多く、昨日もこみちがトマトと冷食を買って来たら、全く同じ物を買っていた。
どちらもこみちが個人的に使うもので、にも関わらず母親は気を利かせてくる。
家族として必要なものは他にもあるのに、段取りしていることほど横から入って来たりする。
一つには以前よりも気づきが鈍感になり、状況が見えているもの見やすいものに反応しやすい。
買い物前に確認したものをわざわざもう一度買って来たりするのも同じような理由からだろう。
だから父親も母親の行為をありがたいものではなく、勝手にやらせているくらいに感じ、自分は自分の基準で行動してしまうのかもしれない。
とは言え、今の父親は日中もほとんど寝ている。
ご飯も米を食べずにバナナを食べたりして、バナナなら剥いて食べるだけで洗い物さえ必要ない。
それくらい食事に対しても面倒が優先されているようなのだ。
長く世話していた老犬が段々と活動量を落とした時も今の父親に似た行動だった。
夢とか、希望って、人それぞれではあるけれど、頑張ろうとかやり遂げたいってこともモチベは自分から見つけるものだから、寝て過ごすようになった父親に何か頑張れと言っても難しい。
「つまらない」と思うのは簡単だけど、そこからまた頑張る気持ちを忘れて欲しくないと思ってしまう。
とは言え、父親は受け身の人生。
だからに与えられて、その中から自分なりの満足を探す。
今は週一でデイサービスが始まったから良かったけれど、それだって自分で言い出した訳でもないし、手続きした訳でもない。
家族でサービスの内容を紹介し、手続きも日程も相手と決めて、父親はただ予定日に話を聞いただけだ。
それだって「オレは断る!」と何度言ったことか。
それでも家族が父親のために世話を焼き、父親は幸せだと思う。