数日前に鳴っていないことに気づいて
玄関のチャイムが鳴っていなくて、急きょドアフォンを買いました。
こみち家の場合、多機能よりもシンプルなもので、両親でも使えることが条件です。
今回は、防犯も考えてカメラ付きのタイプを選び、ドアを開けなくても外の様子が確認できるものにしたのですが、取り付けも機能の確認も唯一妻が手伝ってくれましたが、両親は一切知らん顔でした。
先ず、購入代金はこみち持ち。
取り付けもこみち。
でも機種選びは両親に合わせて使いやすいもの。
だからあまり複雑なものは選べません。
何より、作業している時も父親はテレビを寝転んで観ているだけで、「完成したから説明するよ!」と伝えた時でさえ、面倒そうな態度をあからさまにします。
「オレだって好きでしているんじゃないぞ! だったら自分で全部しろよ!」っと言いそうになりましたが、ナルシストな父親の基準で考えれば深入りすれば代金を半分出してと言われるかもしれないし、途中から急にはしゃぐのは自分のスタイルに合わないので、結果的に無関心になったのでしょう。
父親の場合、自分のペースで、しかも先頭で試せるような時は家族より進んでしたがりますが、「誰かの後」2番手と言うことをめっぽう嫌います。
そして、母親。
「これなら操作も簡単でしょ?」
そういうと、「ディズプレイが小さくて見づらい」「カメラこれ以上鮮明にならないの?」と、ドアフォンが直って喜ぶ前に、散々思いつく欠点を探します。
すると妻が「設定も一人でしてくれたんですから…」と母親を宥めようとすると「一人? 手伝わされたんじゃないの?」と話が脱線します。
「お父さん、聞いている?」
集まれと言っても父親は来ません。
声を掛けてもちょっと手を挙げて応えるだけです。
別にお金や手間を半分にしようと言いたいんじゃないんです。
でもそこまでしても、「代金、少し出そうか?」とも言いませんし、「大変だったね。ありがとう」とも言いません。
両親には「家族なら当たり前」と言う価値観があって、例えば母親は毎日ように菓子パンを買って来るのですが、それは父親やこみちに対する優しさの表れです。
糖尿病だからではなく、「気を配っている私は優しい」と言う価値観で母親の行動は成り立っています。
だから、そこに意味があるかないかではなく、自分が思う優しさなら良くて、でも家族のためにするのは当たり前と言う考え方に基づいて、壊れた電化製品をいろいろ調べたりして時間を割いたとしても、全部「当たり前」で片付けられてしまいます。
取り付けでは以前のドアフォンと少しサイズが違うので、少しですが加工もしていて、新たにショップでネジなども買い増しして割といい感じにできたのですが、それさえも全部が両親の価値観には引っ掛かりません。
今の父親は一人でテレビを寝転んで観ていて、時々は居眠りして1日が終わります。
何をしているでもなくて、こみちには何が楽しいのかも良く分かりません。
母親は、りんごや葡萄など、父親のためにいろいろと買い込みますが、例えばもうりんごの皮むきを率先してすることがありません。
その内、誰も見向きもしないで腐らせてしまうか、こみちが皮むき、塩水に浸して、食べられるように切って、父親が「じゃあ、食べようかな!?」と思えば手を伸ばして、そうでなければそんなりんごも放置されてしまいます。
以前はそれなりに剥いたりもしていましたが、「優しくしたくてする」と言う気持ちでなければ、両親のようなタイプは価値観がこみちとは違うので、「こんなにもしてあげているのに」と不満しか残りません。
だから少しギリギリまではそっぽ向いて、自分たちで行動しないと誰もしてくれないと思ってくれません。
「ありがとう」
そう言えれば、どれだけ楽に生きられるのかと思いますが、そこが本物ナルシストな部分で、父親も母親も全く手段を変えることができません。
それを見ると、ワザとではなく、本心からそうしか生きられないんだと再確認できます。
今までもあれこれと言いましたが、全く歩み寄ってくれないのは、他人の言動を両親の頭では理解できない構造になっているからです。
父親がおもむろに、紙幣をテーブルに投げ捨て、「これでアイスクリーム買って来い!」と言えば、そのお金を有難そうに拾って母親が「お父さんが奢ってくれるんだって。感謝しましょ!」とこみちたちによく言っていました。
金額ではありませんが、父親は自分がしたい時しか行動せず、母親は他のどんなことで家族が支え合っていても、父親の投げ捨てたお金で喜びます。
しかも、使い過ぎたら、ちゃんと母親が父親にお金を戻していると知り、その頃からそんな父親のパフォーマンスに白けてきました。
でも、それが父親には自分らしさや家族を想う気持ちなんです。
大事な時にそっぽ向いて知らん顔するのも、父親はこみちが思うようには自分の行動を理解できていません。
だから「ありがとう」と言うべきタイミングを見逃していきています。
幸い、母親も同じタイプなので、夫婦間では大きな不満も起きなかったのでしょう。
今になって、母親が「もうお父さんって大変!」と言いますが、母親も同じタイプですし、父親も今に始まったことではありません。