「高齢者の介護」が難しい理由

 コストでは解決できない!?

こみちが介護業界に入った時、一番最初に思ったことが「介護って何だろう?」と言う疑問です。

介護福祉士と言う国家資格を取得するには、実務者研修と現場での3年間の経験が求められていて、その意味では「介護とは何か?」を働きながら感じることになります。

介護施設で働くスタッフにも、有資格者やこれから資格を取得する者がいて、知識や経験に差があります。

とは言え「介護とは何か?」の意味をどう理解するのかは、単純に現場だけで見聞きしたことだけでは埋められず、それこそ社会人として異業種で働いていたこと訳だったりもします。

とにかく、「介護とは何か?」の答えは、「これだ!」と言えるものがありません。

増して、在宅介護では、さらにその解釈も広くなり、ほとんど考えることが無理だと感じます。

例えば、一般的な家庭を想定し、生活費として予算が15万円あったとします。

買い物はどこでしますか。誰が料理しますか。

ふと思いつくことだけでも、高齢者には難しいことも出てきます。

そこで、介護認定を受けることで要介護、要支援の認認定がもらえると、公的な介護サービスを受ける資格が取得できます。

介護サービスに詳しくない方に紹介すると、どんな計画で(いつ誰がどんなサービスを提供するか?)サービスを受けたいかをケアマネジャーや管轄の地域包括支援センター担当者にプランの作成を依頼します。

ある意味、プランは使う人が必要なサービスを選ぶことが基本で、それは自立支援と言う介護方針に沿って行われます。

なので、「このサービスを使いなさい!」と強制されるものではありませんが、逆を言えば、地域による充実度がかなり違うようで、「このサービスを受けたい」とお願いしても「〇〇なので無理です」と理由がよくわからないまま断られてしまうことも少なくありません。

一方で、こみちは両親と同居しながら、段々と老いている二人を見て、二人だけで暮らす老々介護になると、どうしても無駄や失敗が増えてしまうのは否めません。

記憶力が低下すると、買い物ができても同じもの何度も買ってしまったり、必要物を買い忘れてしまったりで、一回で終わることを何度もしなければことが進みません。

問題に直面しても気づいていないとか、気づいてもどうすれば解決できるのかが分かっているで分かっていないと感じます。

つまり、介護費用を増やしても、それだけでは解決できず、介護サービスをどう提供すると良いのかを根本的に考える必要が出てきます。

しかし、スタッフの教育もこれだけで十分と言う決め事は難しく、業界長くいるからこそ、社会や異業種の実態とかけ離れてしまうこともあるでしょう。

社会保険料の増加が現役世代の生活を圧迫していますが、どれだけコストを確保すれば良いと判断するかは、どうしても感覚的になってしまいます。

月額15万円では足りないと言って、20万円なら十分なのか?

言えばキリがない話で、コストを使おうと思えばいくらでも掛けられます。

高齢者側も、まだまだ自分で生活できると思っていて、でも実際には段々とミスや失敗が増えてしまう段々なると、一番介護サービスとの相性は良くありません。

できないけれど、こだわりだけがあるので、サービスを提供する側と受ける側でどう折り合いをつけるかがとても困難でもあります。