30歳がとても大人に思えた「昭和時代」
最近になって、「大人」とはどんな状態を指すのか考えました。
と言うのも、若い世代の方々の活躍する様子を見ていると、羨ましくあり、夢を掴んで輝いて欲しいとも思います。
こみちも大人の仲間入りをして、段々とできなくなることが増えて、でもできることに喜びを感じながら毎日を過ごしています。
そんなこみちが思う「大人」とは、令和と昭和でもかなり違っていて、それが何から導かれているのかと考えました。
昔、ある小説に「若者は誠実でなければいけない」と大人が話す場面がとても印象に残っています。
今、その言葉の意味を、公平さ、平等性、などなど、若者には与えられるべきで、だからこそ頑張れば報われる世の中であって欲しいと思いました。
と言うのも、大人というか社会に出れば、正しささえも曖昧で、時に誠実であることが嫌厭されることもあります。
ただ、いろいろな正解がある時代に、これが唯一の正解と考えることは難しく、だから誠実をモットーに生きる若者は社会で戸惑いながら、段々と大人になるのでしょう。
一方で、昭和は令和の今よりも不便でした。
情報も少ないですし、何かしたいと思ってもその手段が分からないこともあって、確かに公平さは保たれていたのですが、可能性は今よりもずっと少なかったように思います。
例えば、駅で誰かと待ち合わせするにも、場所と時間を間違えたら、出先で偶然に会うことは奇跡かもしれません。
待ち合わせ場所の表と裏を間違えて、会えないまま…そんな別れだってあったはずです。
運命がちょっとしたタイミングで変わってしまう。
だからこそ、その時代に生きた人たちは「縁」を大切したのかもしれません。
今、昭和の歌謡曲を聴くと、懐かしさもありますが、今の時代にはそぐわない悲しい別れもあったりして、出会いや別れが随分と様変わりしてしまったように感じます。
不便さにある幸福、便利さにある豊かさ。
どちらの時代がいいのかは分かりませんが、それぞれに色があるように思います。