「やっぱりできない」と言う現実

母親、 「米」を買い忘れてしまう

母親にお願いして、朝食用にウインナーとカット野菜を使います。

それは両親用に用意するもので、だからその食材は母親に任せています。

ウインナーや野菜を買い忘れることも多く、「もう作らなくてもいいの?」と言ったりするのですが、母親は頑なです。

でも買うのを忘れたりするので、ゆで卵や夕飯用の食材を小出しにする時もあるのですが、それをすると余計に買って来なくなるのもパターンです。

ウインナーは買って来ないのに、父親と二人で食べる昼食用の弁当や惣菜は買って来て、食べきれないとそれを夕飯に出して来ます。

父親は糖尿病なのですが、甘いジュースも常に用意してあって、アイスクリームも箱買いしては一人で食べています。

甘いものを欲しがるのは病気の特徴で、そこから腎疾患や失明を考えると、食事には今まで以上に注意しなければいけません。

栄養管理まではできていませんが、肉と野菜、魚などをバランスよく食べられるように、調理方法や油の使い方には気を使います。

でも、そんな気遣いが両親には届いていません。

野菜炒めを作り、野菜をたくさん食べてもらおうと思った時に、母親は作っているのを知りながら揚げ物をたくさん買って来て、食べ切れずに冷凍すると言うことがあります。

そして、冷凍された食品がいつ解凍されて消費されるのかというと、もう次の日には別の揚げ物を買って来たりします。

好きで買うのなら、もう糖尿病だよと言う話はしていません。

言っても分からないので。

さらに、米を買い忘れることが起こりました。

毎日、父親と食べる弁当やお菓子などは忘れません。

それが一番の楽しみになっているのも分かるのですが、他のことはできなくなっています。

何もしない父親ですが、この前、食器を棚に戻していて、感心したのですが翌日はもう前のままでした。

結局、「したいからする」と言う行動は同じだったみたいです。

今、冷蔵庫の野菜室に逆さまになったプリンがあります。

多分、父親が入れたのだと思うのですが、母親がなぜ最後に確認しないのか不思議なんです。

母親にすれば、父親にも家事を任せたいのでしょう。

でも、やはりできません。

こみちもそうですが、母親も自身ができていないことを認識していないのでしょう。

だから父親ができていないことにも気づけないのです。

要冷蔵の食品をテーブルに置きっぱなしにしてしまう母親ですが、パッケージを見て確認せずに、思い込みだけで家事をしています。

野菜の置き方は覚えていて、でも見慣れないものは雰囲気で置いてしまう。

父親の場合はその経験も少ないので、野菜室にジュースもプリンも入れてしまう。

しかも逆さまになったしまうとプリン見た目が悪くなることも想像できないのです。

だから、食べたくなる食事ではなく、食べられればいい食事になってしまいます。

流石に米が家からなくなってしまうとは思いませんでした。