思うことを口にする覚悟
どんな言葉を使うのも自由です。
でも、トラブルになってしまうと釈明するのも簡単ではありません。
父親は、一定の距離を置き立ち振る舞うこみちに少なからず苛立ちを感じているようです。
なので、感情を爆破させた父親に、こみちから冷静に淡々と話掛けられてしまうとさらに感情的になってしまったのでしょう。
許さないことがあって、それをどうしても相手に伝えたいと思うなら、感情的になっては上手く伝わりません。
多くの場合、単純に引かれてしまうでしょう。
例えば「バカにしているのか?」と思ったとします。
日頃の態度や言葉からそう思ったキッカケがあって。
そのような場合、「バカにしているのか?」と言っても「していない」と答えが返って来るだけで、望んでいるような本質にまで話が進みません。
そこで、「どうしたら上手く行くと思う?」と聞き方を変えてみると、「分からない」という返答もありますが、もしかしたら具体的に何か言ってくれるかもしれません。
つまり、その具体的な話こそ、「バカにされている」と感じたキッカケでしょう。
質問した側は、その具体的な話に自身の思う気持ちをさらに乗せて、もう一度問いかけてもいいでしょう。
「そのやり方は好きじゃない」とか「今はまだ必要ないから」と。
ただ、そこまで話しても、相手がさらに腹を割って話かは分かりません。
例えば「いいんじゃない?」というような返事をすることもあるからです。
つまり、自身の悩みではないし、特に関心も薄いと、好きに解決すればいいと思うからです。
できない理由をいくつも並べて、仕方ないと伝えたくても、相手にすれば「いいんじゃない」としか返せないからです。
遅刻をした言い訳をどれだけ長く具体的に説明しても、「遅れた」ことは覆りません。
あるのは「それが仕方ないこと」に思えるかどうかです。
感情的に話タイプの人は、どう思ったのかを大切にしますが、事実を大切にするタイプは結果で判断します。
できなかった時に、どれだけ言い訳続けても、事実は変わりません。
こみちにすれば、父親がどんな風に考えているのかよりも、できるかどうかが大切に感じています。
つまり、後からいろんな言い訳を聞いても、それは最初から分かっていたことで、最初からできるペースで話が進んでいません。
だからやっぱり「できなかった」という結果になります。
一瞬、違うのかもと思ったりしましたが、父親は1ミリも譲ってくれませんでしたし、自身が決めたことだけで行動しています。
そして、できずに行き詰まった時に、それまでの行為が全てなかったように平然と放置します。
あれもこれもやりっぱなし。
それはずっと変わりません。
どんなに分かった顔で話しても、最後までやり切ることができないのです。
「ふざけやがって」と迫って来ても、どう返していいのかに悩みます。
「よく頑張ったね!」とでも褒めて欲しかったのか、「でもここまでできたのは凄いね」なのか。
もう期待していません。
できないことにイライラしていたのは、少しでも期待があったからです。
でも、何も変わってくれませんでした。
そこだけはどうやら結論に達したと思います。