クリスマスだからと思ったけれど
最近、家族そろって夕飯を食べることもなくなっていた。
理由は簡単で一緒に食べても楽しくないから。
それくらい家族間の関係は冷え切っている。
でも、せっかくのクリスマスだからと食卓を囲んだ。
すぐに父親はみんなを待たずにテーブルの料理に手を伸ばす。
ああ、何も変わっていないと思ってしまう。
さらに母親の口から、「この料理、お父さんの奢りだから」と。
働いていない年金暮らしの父親が、数千円のお金を出してくれた。
これから介護が始まれば、お金以外にもいろんな労力が無制限に駆り出される。
一回切りの数千円。
母親がそう言った時に、父親も黙っていなくて「お金の話はするな」とでも言えばまだ理解しているんだと思える。
でもそれを否定もしないでいる父親と日々の生活費を誰が出しているのか理解して欲しい。
これまで実家として何十万円と大きな出費が必要になった時に、父親に支払いの意識を尋ねても無言を貫いて一円も出さなかった。
都合よく大黒柱だと担ぐのも、もういい加減にして欲しい。
母親にしても朝言っていた話はどこへやらで、夕方には話が変わっている。
「いいよね!?」
いつもと同じクリスマスパーティーで、そこに目新しいことも新たな夢もなかった。
ある意味、それだけ家族が煮詰まってしまっているということだろう。
むしろ、来年を迎えることがこんなにも心配なことはない。