なぜ、便座カバーを汚したままなのか?
こみち自身を含めて、誰が汚しているのか分かりません。
しかし、便座カバーに座った時に、前側が濡れているのです。
触らなくても見ただけで異変を感じるくらいに。
父親に言っても、母親に言っても、「自分ではない」と答えます。
しかも、今回は濡れていただけでなく、黒カビまで発生しているのです。
つまり、以前にも濡れたことがあって、そのまま放置したことでカビを発生させてしまったのでしょう。
百歩譲って、汚してしまうのはアリだとしても、汚した人は気づくと思うのです。
目の前で起こっているのですから。
しかしながら、高齢者というのは視野が狭くなりやすく、時に感覚まで鈍ってしまいます。
つまり、目の前で指摘されたとしても、「エエ、本当に?」と自分ではないかのような態度を示したりします。
両親に汚した自覚はない!?
今、惣菜の入っていた食品トレーを食器乾燥機で乾かしているようです。
洗って濡れた時に、ダスターで拭いてしまえばいいのですが、乾燥させることを選びます。
しかし、「洗う」が完全でないと、食器乾燥機に汚れが付着し、それを誰が洗うのかという疑問は何度も説明していますが、どうも理解してくれません。
両親にとっては、汚れたトレーを洗って、濡れたままでは嫌だから食器乾燥機で乾かしたいのです。
しかしながら、その行程で汚した場合までは想定できないというか、関心がないようで洗浄機内部が汚れていても平気なのです。
これは湯を沸かすことに使命感を感じる父親が、ポットの汚れを気にしないのに似ています。
ポットから湯を出すと、何かカスのようなものまでコップに注がれる時があって、でも未だに「汚れている!」と自分から言い出したことがありません。
ある意味で、軽い認知機能の低下なのだと思うのですが、本気で悪気がないらしく、ミスを指摘された時に驚いたような顔をするから、こちらの方が驚きます。
「これ(ポットから出たゴミ)は気にならない?」
父親は昔からこだわりが強かったのですが、誰かに指摘されたことがピンと来ないみたいで、反応が薄いのです。
対策も立てられない!?
介護が始まったとしても、家族による介護では対策が立てられないことも珍しくありません。
「便座カバーを汚したら、洗えないとしても外して新しいカバーに付け替えて欲しい」ということができません。
なぜなら、そもそも汚した自覚がなくて、それこそ冷たくても平気なのです。
確かに介護施設で働いていたとき、ある利用者に近づいた時に何か変な臭いがして、ズボンのあたりに顔を近づけると「やっぱり」ということが頻繁に起こります。
中には気持ち悪くなってソワソワしたり、急に立ち上がって歩き出そうとしたりで、汚したという自覚がないので、不安感だけが強くなったりします。
中には、全く変化がなくて、ただ異臭がしているということもあります。
そんな経験を踏まえれば、両親が便座カバーを汚しても言い出せないのは悪気のあるなしではありません。
たぶん、本気で汚したことに気づいていないのでしょう。
以前は父親の仕業かと思っていましたが、実は母親ということも否定できません。
例えば、今朝、ある家具を購入するという話になり、母親に「これなんかどう?」と画面で商品を見せたのです。
「買ったの?」
「だから、お母さんのものでしょう。確認して欲しいくて」
「注文したら、すぐに届いてしまうんじゃない?」と続きます。
画面の商品を確認するということでも、母親は簡単にことが進みません。
注文後にいつ届くのかなんて、商品が気に入ってからの話です。
でも、優先順位がつけられない母親は、時に何をしたくて、こんな手間を掛けているのかということをしています。
そんな姿をよく見かけるようになって、「もしかしたら便座カバーを汚しているのは…」と思ってしまうこともあります。