本マグロ本当に美味しいのか?
日本人の多くが好きな「トロ」ですが、サーモンもまた人気の寿司ネタになっています。
しかし、中高年の方々なら、子供の頃にサーモンが寿司ネタではなかったはずで、逆に「何の魚?」と疑問に思うほどだったでしょう。
ここで何を伝えたいのかというと、そこに行き着くまでのプロセスやプロモーションによって、人は次第に慣れていき、違和感を感じなくなるということ。
さらに言えば、その逆も存在し、当たり前だったことが伝統や文化、慣わしという形で残り、日常生活としては馴染みの薄いことになってしまう場合も珍しくありません。
つまり、「本マグロは美味い」という感覚でさえ、今後の流行や食文化の変化によっては、また異なる感覚になっていることもあり得ます。
こみちが絵を描いて思うこと
絵だけの話ではなく、料理に関しても、もしかすると「幸福」という感覚も、同様かもしれません。
みなさんにとって、世界的に有名な画家の作品を見て、本当に上手い絵だと感じるでしょうか。
分かりやすい例えをするなら、楽譜通り寸分の違いもなく演奏できる自動演奏が、最高の演奏なのかということです。
全音符四分音符など、音楽は音の高低と長さを音符で表現しますが、常にその音符のタイミングがベストではないこともあり得ます。
つまり、人が心地よいと感じる音楽が、その譜面通りとは限らないのです。
そこから言えることは、関係性すら知り得ない目の前の物を描いた時と、関係性まで熟知しそれをこのタイミングだからこそ描くという時で、描き方が変わるのは自然なことです。
つまり、「上手い絵」を単純に形や色味だけで追ってしまうと、絵に感情が含まれません。
言い換えると、その絵を見た時にも、描かれた事実が情報となって認識できるだけです。
それはつまり、AIにも代替えできる作業なのです。
ある意味で、不完全さや違和感も、その場面だからこそ起こったことで、唯一無二を表してします。
母親の作る味噌汁の味を覚えているように、その関係性でピンと感じることがあるのです。
究極的なことを言えば、「感覚」的な要素ほど、今後は価値あるものへとなるはずで、形式的に置き換えられるモノは統合されて簡素化されるでしょう。
今後求めるべき「スキル」とは?
会社でいうと、「社長」になることです。
組織の長という意味ではなく、仕事現場で起こり得る流儀テクニックの取得も大切ですが、さらに言えばその方針や流れを決定する立場がポイントです。
税理士という仕事も、確定申告書の作成を機械的にこなしていても、いつかはパソコンで処理できてしまうでしょう。
しかし、個別の品目をどう処理するべきか、納税という立場から考える立場になれれば、欠かせない存在になります。
介護業界でいうと、現場の介護スタッフではなく、ケアプランを作るケアマネになることで、しかもそのケアプラン作成の準備段階こそが肝です。
「介護とは何か?」
その答えは立場によっても大きく異なるでしょう。
しかし、ケアプラン作成をするケアマネは、その経験や知識を最大限に活かせる立場です。
単純に「在宅復帰」というワードを使うことは簡単ですが、それを実現させるためには様々な関係者への配慮も求められます。
例えばAIにケアプランを作ってとお願いすれば、過去の実績からそれっぽいプランができるでしょう。
しかし、それが本当に求めている計画なのかというと、感情を理解しない限りは評価さえできません。
つまり、人間人間として持つ感覚を扱える立場にいれば、その先もその立場やスキルはなくなることはないのです。
もっとシンプルに言えば、「あの人だから」という存在になることができれば、存在自体が価値なので、置き換えられるものではありません。
ただ、「可愛い」とか「キレイ」のような、他人がその瞬間に思う感覚だけで成立した評価は、別の誰かに取って代わるかもしれません。
だからこそ、「味わい」のように、深みを持つことで、長く愛される存在になれるのでしょう。
「ホッとする」というような評価が得られたら、それは大切するべきことです。
なぜなら、簡単に人を癒せたりしないからです。