職場にいたあの人はどこへ?
詳しい事情など全く知らないことだけど、一時期、取引先の会社で退職者が続いていた。
あまり、じろじろと人の顔を見るタイプではないから、「そう言えば最近…」という感じで、少し時間が経験して気づくことも多い。
ただ、お世話になっている部署の場合、名前まで知らなくても、どんな人が働いているくらいは毎回気づくから、数回、顔を見なくなると「辞めたのかな」と思ってしまう。
そんな予感は、結果的に当たっていて、「お世話になりました」とか、「お元気で」とか、お別れの挨拶さえもしないことが多い。
こみち自身も退職経験があるし、当時の職場では仕事で世話になった人もいる。
でも、年末に時間を取って、どこかで忘年会でもという話もないし、言えばそのタイミングで人生は「接点」を失ってしまう。
思えば、あの人は、こみちも含めて取引先の相手に当たりが強かったと思う。
納品物に対して、「そこまで言う?」といる時もあるし、厳しさと捉えるか、嫌味と感じるかでも、受け取り方が違うだろう。
「すいません。コレは、取引を断りたいという話でしょうか?」
もう昔の話だが、納品物をいじり、文句が続いたことがあって、思わずそう聞いたことがあった。
「そうではないですよ。今後の向上に活かして欲しいから」
「なるほど。わかりました。がんばります」と。
その時、こみちにすれば、「お前の顔が嫌いだ」と言われた気分だった。
でも「顔」は変えられないから、「目の前に行かない方がいいですか?」としか言えない。
ここからは想像の域ではあるが、辞めた人、見掛けなくなった人、悔しかったのかもしれない。
なぜ、そこまで言われなければいけないのかと。
そして、あの人自身も見かけなくなった。
どんな背景かは知らないけれど、異動が決まって、職場から外されてしまったからだ。
そして、その職場にはあの人の部下として働いていた人が代行している。
あの人に言われて、潰れなければいいけれどと思った若手の人だ。
でも今は、立場が変わって何だか忙しそうだし、やる気も出て雰囲気も良くなった。
とは言え、新社屋ができたら彼らはそっちが主な職場になるのだろうけれど。
場合によっては、月に一回も会わなくなるだろうし、担当が変わればさらに縁は薄くなってしまう。
そうやって、奇跡的な出会いも気づけば遠い過去になっている。
あの人が辞めたか配置転換されたかは分からないけれど、その内、こみちの記憶からも薄れて、名前すら出て来ないになってしまうのだろう。
進学などを機に上京すれば、新しい生活が待っていて、新たな人間関係ができるけれど、これまで田舎で築いた関係性も失わないようにして欲しい。
こみちの場合、年一くらいで帰郷していたけれど、その時に会っていた友人たちも、その後は地元を離れたりして、段々と会うことも減った。
会うと当時の気持ちに戻るけれど、5年10年と月日が流れると、それぞれの生き方も大きく違う。
春は出会いと別れの季節ではあるけれど、そうやって人はいろんな出会いの中で、別れもまた経験して行くのかと思うこの頃だ。