メンタルを壊して分かることの話

 「鬱(うつ)」になる!?

先に触れておくと、こみちの場合は診察を受けて、病名をもらった訳ではありません。

ただ、無気力な状況になり、無表情にもなっていたことに、自分自身で気づいていなかったということ。

昔から、あれこれと想像したり考えたり、仕組みや経緯の過程を調べることが好きでした。

例えばその特徴は、絵を描く時やプログラムを作る時、数学や物理を学ぶ時にも役立ちました。

ここだけの話、あの九九も後半は完璧には言えません。(例えば6×7は覚えやすい7×6で代用)

もう今は全くしなくなりましたが、タロットカード占いにも興味があって、単に占い方やカードの意味を覚えるのではなく、タロットカード占いで、それぞれのカードが持つ意味を考えるのが面白かったりしました。

タロットカードの13番目は、『死神のカード』が割り当てられています。

文字として想像すると「死神」なので、何か不吉なイメージを思い浮かべるのですが、タロットカード占いではフェーズの区切り、物事の開始と終了の時期を指します。

もっと別の言葉で言えば「卒業」です。

「〇〇はどうなるでしょうか?」と占った時に、例えばどこかの意味で「死神のカード」が顔を出したなら、占いのリーディングをする時に「卒業」という意味合いを含めるわけです。

もう少し言えば、仕事や恋愛についての占いなら、時期は別としても、いずれは現状を変化させる時が来るという方法性になります。

100%変えるべきか、基本ラインとして継続が難しいだけかは、別のカードの出方や関係性でさらに深く考察するというものです。

そもそも「悩み」とは、現状を活かそうとしているから悩むこと。

嫌なら立ち去ってしまえば、それこそ悩んだりもしないでしょう。

こみちが無意識のうちに感情を失ってしまった背景には、どうにか大変でも乗り越えようと頑張り過ぎたからです。

ココはこうしなければいけない。アレはこうしておこう。

そんな条件をいくつも付けることで、本来は矛盾している問題でも、どうにか乗り越えたいと思い過ぎて、その行き場のない問題に真っ直ぐ取り組んだことで、行き詰まったということでしょう。

今、東京にいて、30分後に大阪に行く方法はありません。

本来なら、電話やメールでダメなのか、もう少し時間をずらせないのか、問題解決のためにはそれができる道すじを整えなければいけません。

その上で、段取りよく行動することで、困難なことも解決できます。

しかし、どんなに悩んでも30分で大阪には行けないのに、そのままで考え込んでしまったら、もう精神を壊すまで自分を追い込むことしかできません。

ある意味で、こみちはそうしてしまったわけです。

人には言えない悩みが、誰にでもあって、それを抱えながら生きています。

ちょっと見え方や考え方を変えられたら、問題も解決できますし、そもそもそんなに悩んでも仕方ないことだったりします。

なぜなら、誰に代わっても、その状況では解決できませんから。

解決できる人は、例えば人に声を掛けて集まってもらったり、時間的物理的に猶予をもらったりと、やはりそのままでは解決できないので、環境を変えることに着目するでしょう。

こみちの場合、親の介護問題と親戚、さらに仕事での重圧が重なり、行き場を失いました。

「助けて欲しい」と言えばよかったのですが、それを言い出そうとした時にスッと逃げてしまう相手を見て、さらに追ってまで助けてとは言えなかったのです。

「頑張るしかない」と思い込んでしまいました。

ここで1つ言えるのは、頑張っても頑張らなくても、言い方はよくないですが、「成るようにしかならない」ということ。

「私には手に負えない」と言えば良いんです。

精神を壊してしまう前に。

具体的、精神を壊すとどうなるか話します。

こみちの場合は、例えば順序立て取り組めば問題ない状況に直面した時、そのミスできないプレッシャーが大きく感じると足がすくみ、前に進めません。

焦ったり、混乱したり、問題が複雑化するとあるレベルからは全く取り組めません。

例えば、家で料理をしたり掃除したりはできます。

でも店員になって、商品を陳列しレジを打つだけなら同じでも、接客という範囲の決まっていない状況に尻込みしてしまいます。

「できないかもしれない」という心理的な困惑が、先に起きてしまうので、以前よりも行動が遅くなってしまいました。

家でできる仕事をしたいのも、働きたくないのではなく、怖いという感情が先に起こります。

怖いとか不安という感情が起こると、それが気になって日常生活が送れないくらいです。

その意味でも、精神を壊してしまうという体験はできる限り避けて、その前に何らかのエスケープをするべきでしょう。

今回はこみちの体験を少しだけ紹介しました。

何か参考になれば、嬉しいです。