愛車のスタットレスを夏タイヤに交換した話から世間話へ

夏タイヤに戻してからの…

去年の11月くらいにスタットレスに履き替えたものの、こみちが住んでいる地域では積雪で走行が困難になるということはなかった。

そして、昨日、馴染みの自動車屋で夏タイヤに履き替えることにした。

関東圏の先週の天気予報は決して晴れではなくて、当日の天候を心配していたけれど、結果的には晴れてくれて、作業もすんなり終えられたし、自宅の物置きを片付けることもできた。

タイヤを履き替えると、心なしか出だしが軽やかになった気がする。

あまりビュンビュンと飛ばして走る方ではないけれど、アクセルを踏み込んだ時の反応が違う。

そうそう、話は全く違うけれど、WBCの決勝を気にしていただろうか。

こみちはタイヤ交換を終えて、イオンに立ち寄り、車内でスマホを使い観戦していた。

8 回にダルビッシュ選手が一発をもらって、アメリカチームの底力を感じつつ、9回には大谷選手へと引き継がれ、残り3アウトという緊張感を楽しんでいた。

もちろん、大谷選手をはじめ、ダルビッシュ選手たちの素晴らしさは今さら語る必要もないだろう。

しかし、あの大きな大会にはたくさんの関係者が関わっていて、また選手たちも春の貴重な時期に参加を決意してくれたことで、あの決勝戦の9回を迎えたと言ってもいい。

何が言いたいのかというと、ピッチャーがマウンド立ち、バッターにボールを投げるのは特別珍しいことではない。

ポイントは、「あの特別な場面」を多くの人が作ったことで、大谷選手をはじめとしたトップ選手がさらに輝いたということ。

そして、実際にスマホを通じてではあるけれど、観戦し応援させてもらったこみちも、多くの観客の一人として、あの感動を味あわせてもらえた。

もっと話を別視点に変えると、例えば大谷選手と全く同じことを人工知能によって再現できたとして、そこにあの瞬間ほどの感動があったのかということ。

自身が心から嬉しいと感じて、それが仕事にもなり、また相手からも喜んでもらえることなら、これほど素晴らしいことなどないだろう。

最近のニュースで、特に海外では大規模なリストラが始まっているというし、国内でも物価上昇でものの値段が高くなったと肌で感じる。

しかし、理想的なことを言えば、人にしかできない仕事が目標で、それは人工知能に再現できるか否かではなく、そもそもできたとしても意味がないことなのだ。

似顔絵を描くということあれば、本人にどれだけ似ているのかということは人工知能で再現できるだろう。

しかし、「こみちが描いた」とか、「このワンシーンに思い入れがある」という意味での一枚だとしたら、それを人工知能が再現したとしても、全く同じ価値にはなり得ない。

もはや瓜二つのような再現性だけでは、生き残ることは難しく、感じたことの表現方法としてどう活かせるのかがより一層問われていると思う。

そんな風に思うけれど、みなさんはどうだろうか。