「時が経過して」得する人損する人の話

 こみち家の日常は変化無し

母親の世話好きも、父親の湯沸かしも、以前から何も変わっていません。

今朝も、昨夜の内に湯を沸かしたのでしょうか、やかんがコンロの上に放置されてたままで、しかもポットの給水口はコーヒーの跳ね返りで少し茶色に汚れています。

昨日の夜も、こみちが食器を洗って、シンクを掃除してとノルマを果たしている間、なぜか母親は真後ろに立ってハンドクリームを塗りながらテレビを観て笑っています。

それこそどこか別の場所に座っていたら良いのにと思うのですが、その時間の居場所が母親にあって、誰が居てもそこが定位置なのです。

作業しづらくて、「邪魔だ」と伝えたこともあって、その時は別の場所に移動しますが、しばらくするとまたいつものように、背後を陣取ります。

言われても、言われても、それを貫き通すことに、母親は何か使命のようなものを感じているのでしょう。

何をどうしても確実に時だけは流れていて、両親は思うような日常生活を続け、不具合や困難を先送りして老いて行くのでしょう。

こみちが取引している会社でも、人材育成で悩んでいるみたいで、その根底には「損を覚悟する」人がいないからです。

技術面で、自身が確立しても、会社としてはそれが活かされていないので、製品の質に安定感がありません。

さらに人が入れ替えることで、経験が引き継がれないことも重なり、会社としての方針ではなく、作業自身の個人的な考えで作業が継続されています。

もちろん、こみち自身も人ごとではありません。

ただ、出来ていないことばかりを考えてしまうと、そんな部分ばかりに目が留まります。

スーパーのレジで清算する時、レジ打ちの人に「ポイントカードを持っていますか?」と聞かれて「無いです」と答えても、今後は面倒くさそうに「ポイントカードはあるんですか?」と1回目よりも強い語気で言われます。

その人にとっては、聞くように指導されていたり、精算後にポイントカードを出されて困ったりしない意図があるのでしょう。

しかしながら、簡単に面倒くさそうな態度が出てしまうことに、誰かスタッフが教えてあげるべきです。

それでも勤務としては1日が終わり、また次の日になるのですが、その態度だけでも店を訪れなくなる原因にはなるので、その店舗が売上を落として理由を考えるようになるまで、時だけが過ぎています。