午後8時の夜ご飯
こみちたち夫婦は、両親たちの食事がひと段落してから食べ始める。
その時刻が「午後8時」。
でも、キッチンで大きな物音が続いていると、まだ片付いていないと思って時間をずらす。
それで今日は8時40分を過ぎていた。
40分あれば、8時から食べたとしても十分な時間だし、洗い物くらいはできるだろう。
でも、40分過ぎに降りて行くと、母親がまだキッチン周りで何かしている。
「もう空くから」何かまだしながら、そう言って来る。
正直、一体いつなら片付くのだろうと思ってしまう。
食べ始めて、また母親が来て、「今日はいつもの揚げ物用の鍋を使わなかったから…」と説明し、目の前のさらに濃い目の色をしたエビフライが盛られている。
こみちが揚げる時、フライパンを使う。
しかも、こんな風にはならない。しかも食べると中が生っぽい。
明らかに油の温度が高く、中まで火が通らないまま、衣の色味でやめたのだろう。
それこそ、下手なのは問題ではない。そうではなくて、「いつもの」と言い訳している態度に面倒臭さを感じる。
揚げ物用の鍋を使っても、出来上がりは今回とそう変わらない。
こみちがイラッとしてしまう理由は、「上手くできなかった」ことの根源をどこに置くのかという部分。
こみちの解釈では、「ごめんね。上手く揚げられなかった」で十分だ。
何らない何も言わなくてもいい。見れば分かるし、食べればもっと分かる。
「フライパンだから」と責任転嫁するのは、母親の最も嫌いな部分だ。
謝ることができない。
謝って欲しいのではなく、謝れないならこちらが問い詰めない限り黙っていて欲しいのだ。
「米、研いでないんだけど…」
今日はさらにそんなことまで言い出した。
こみちはもう黙って答える気にもなれない。
妻が気を効かして、「大丈夫ですよ」と答えていたが、「大丈夫かなぁ」とまだ言っている。
だったら言い訳しないで研げばいい。
できないならそのまま自分の部屋にさっさと戻ればいい。
何ならテレビを観ている父親が研げばいいくらいだ。
夫婦で食事を終えて、こみちが皿洗いと弁当箱や水筒を洗う。
シンク全体を軽く洗って、ゴミをまとめて明日の朝食作りのポジションに戻す。
こみちたちが自室に戻ると、その足音を聞いていたのか、タイミングよく母親がまたキッチンへと降りて行く。
そして、何かまた始める。
まさかと思うが、明日の朝食作りの仕込みをしてたりしないだろうか。
いつかも母親たちと口げんかした時に、こみちは「でしゃばるなら中途半端にしゃしゃり出ないでくれ!」と言った。
不完全な状況ばかり作られても、それが逆に面倒なのだ。
お好み焼きに使うキャベツのような太さの千切りを作られても、全然嬉しくない。
でもそれが全く伝わらない。
「何かしないと…」
そして、邪魔をしてしまう。
普通にすれば、全部で1時間。誰か一人で済むこと。
それをわざわざ母親、こみち、時に父親が湯を沸かすと出てくる。
そんなに大変なことか?
湯が沸かせるなら、シンクとか米研ぎとかもできないのか。
大袈裟に何かしているけれど、湯を沸かすくらい、こみちがシンクを掃除している片手間でできることなのに。
何か、それぞれが頑張っているつもりで、でもめちゃくちゃ非効率で、みんなが大変になってしまう。
もう、そんな無駄なストレスが一番つらい。