なぜ男は「若い女性」が好なのか?を深掘りする

 DNAでは無いけれど

何かが目の前で起こった時に、「それをどんな風に理解するのか?」は、生まれ持った感覚と育ってきた環境が互いに影響して出来上がる。

「最悪な状況」に目が行く人も、それは「これ以上悪いことは起こらない」と感じたい人もいるし、「そうなってしまうのではないか?」と悪い方に考えて落ち込む人とでも少し違う。

子どもから大人になって、自分で解決する力がつけば、そんなきっかけから「生き方」を変えることができるだろう。

「口だけ」という人、「軸」がない人は、環境的に上手くいっているとよく見えるが、トータルでは上手くは行かないことも多い。

「口だけ」の人をなぜか信じて、信じてなくても支えなければと使命感を刺激された人が集まって、その人の生き方を保とうと彼らが犠牲になってしまうことがある。

じゃ犠牲になっても、そこに「生き甲斐」を感じてしまう間は別で、抜け出せないことに悩んだ時に不幸へと変わる。

家でテレビしか観ていない父親が家族でなければ、きっと関わりを持っていなかっただろう。

でも家族だから関わるしかないし、何もしないことに対してあれこれと感情も動く。

ここで紹介したいことは、資質と環境、時間が密接に関わり、人生は決まって行くということだ。

人を好きになる瞬間

意識していても、無意識だったとしても、その人がその時点で感じている「理想」が関係しているように思う。

「一目惚れしない人」は、固定された「理想」が弱く、見ただけでは「理想」とは思えないのだろう。

声や表情、見た目など、人はどこか理想を持っていて、相手に出会った瞬時に感じ取ることができる。

例えば中高年になると、20代や30代、もちろん40代以降もだけど、どんな年代の異性に対しても、「魅力」を感じることができる。

「キレイな人」というようなピンポイントではなく、それこそどんな人であっても「魅力」を見つけることができるようになる。

その理由は、自身が歳を重ねる中で気づくことがあって、「魅力」は生きた結果だと分かるからだ。

いつもニコニコしている人を、「明るく元気」と感じるのではなく、意外かもしれないが「頑張り過ぎ」と思えるのも、「ニコニコ」がその人にどれだけ影響しているのかと感じるようになる。

ぶっきらぼうな人も、しっかり話せばその人なりがわかってくる。

間違えたことをしない人だし、そう簡単に流されない人でもある。

しかし、ぶっきらぼうになった原因や理由を知ると、それ以前は全く違っていることも多い。

「好き」という感情を、「興味」と置き換えると、中高年になるとそれだけ「興味」も多様化され、「好き」を探すのは難しくない。

そして、今回のテーマ、「なぜ若い女性が好きか?」も、「若さ」という魅力は簡単に気付けるからだ。

そして、その若い人が年を重ねても、好気になった人も同じように年を取り、「好き」という気持ちが変わらない。

もちろん中には「若さ」に強い興味を持つ人もいて、「その人」ではなく「若さ」だけを追う人もいるだろう。