こみちの少年時代
高校生になったこみちは、夏休みなど長期休みが続く時に、全国各地の建設現場で働いて来た。
数日とか、1週間とか、強面の職人たちと一緒に行動して、仕事も食事も寝泊まりも同じ生活をする。
提供された布団は、ペラペラで、そこに誰が寝ていたのかも、最後に天日干しされたのかも定かではない。
夏目漱石の「工夫」という作品があるが、正にそんな心境にもなってしまう。
知識が増えて頭で考えることが目立ち始めた時に、こみちはそんな環境下に身を置いた。
今の状況は知らないが、当時は棟梁がいて職人がいて、こみちのような見習いがいた。
高校生のこみちと同じ立場は大体が15、6歳の中卒で職人の道へ進んだ少しやんちゃな少年たちだ。
2、3歳くらい年上でも、そこは彼らの世界観があって、こみちは時に別枠で、時に最下位に位置付けられた。
少年たちの中でも使いっ走り役の少年がいて、そんな少年と一緒に職人から言われた買い物をしに近くのスーパーまで使いに行く。
中には職人でも20歳前後の人もいるから、17歳という年齢のこみちはどうも中途半端で、少し扱いづらい存在でもあった。
まして、高校を出て進学し、時に若手の職人たちと年齢が変わらなくなると、下っ端の仕事をしながらも、職人たちとも同等に話せる立場になって、さらに少年たちからは「あの人って何?」と思われただろう。
「ボス」だからこその「役目」とは?
あの頃の職人の世界は、スーツを着たサラリーマンとは違う生き方を選んだ人たちだ。
気の荒い人もいたし、本当に職人なのかと思ってしまう雰囲気の人もいる。
彼らと繁華街を夜道を歩けば、人混みも気にせずに真っ直ぐと進む後ろで肝を冷やした。
同じようなタイプが前から歩いてくれば、無事では済まない。
一悶着も二悶着も起こる雰囲気に満ちていたからだ。
集団の後方をコソコソ歩くこみちの前に少年たちがいて、彼らもまた先を進む職人たちと同じ歩き方で、さらにこみちだけが浮いた存在だった。
「オイ、こみち」
俯き加減で歩くこみちを棟梁が話しかけて来る。
「ハイ」
「胸を張って歩け」
「…」
そして、背中をポンと叩かれた。
当時、大人に見えた棟梁も、きっと今のこみちよりも年下だっただろう。
つまり、それだけこみちは大人になったということだ。
でも当時の棟梁が、とても大きく頼もしく見えたのは、それこそ何度も見ていた修羅場で最後まで逃げたりしない漢気があった。
それは喧嘩の強さでは表せない。
もっと心理的な意味での強さがあった。
「オイ、どこ見て歩いているんだ?」
前で職人の声がする。
相手は「すいません」と謝り、逃げるように去って行く。
職人たちは少し揶揄い気分で、「おい待てよ!」とさらに絡む。
そんな様子を見て、棟梁が「止めとけ!」と声を張る。
「冗談ですスよ!」
職人たちが後ろを振り返り、大袈裟に笑う。
威勢のいい若い職人たちに見せる棟梁の表情はとてもこみちに話し掛けていた人ではない。
それだけ棟梁はいくつもの顔を持っていて、野太い声を出した直後なのに、「腹減っただろう?」とこみちに話しかける時はすぐに表情が優しく変わる。
なぜ、人が動くのか?
ある時、棟梁からそんなことを質問された。
「お金」では人は動かないことを教えてくれた。
人が動くのは、「最後まで裏切らない」という信頼関係があるからだ。
ここで「最後まで」という言葉を念のために補足しておくと、切る時でもあやふやにしないで向き合うこと、最後まで真摯に説明することを言う。
法的な解釈なら雇用契約が切れれば、もうそれで主従関係も消えてしまう。
しかし、人間はそんな関係な感情では生きていなくて、たとえ主従関係がなくなる場合でも、どう別れるのかは大切だ。
実際、そんな雰囲気を持つ棟梁には、多くの人が集まっていて、彼から見た先輩や同士に当たる人物が顔を出すと、どこか似たような雰囲気を持っていた。
それは学生時代に経験する部活の先輩後輩以上に何か人間っぽい本質があった。
どこにでもいる学生に戻った時、こみちは時々彼らのことを思い出すし、どんなに知識が身についてもそれだけでは役に立たないことも知っていた。
その意味では、約3年続けた介護の仕事場にも似たような雰囲気がある。
主に女性が多い職場だから、また違うのだが、リーダーと呼ばれる人は単に仕事ができるだけではなく、そこで働くいろんなスタッフに理解を示し、時に理解を求めて向き合って話し合いもする。
だからこそ、いろんなことがあってもリーダーを支えてスタッフたちが激務に応えている。
その意味では少年時代に経験したことを中高年になってまた体験したような気持ちだ。
「いいですよ」という言葉の裏側
本当に構わないという意味で使い時もあるが、そこで「私が代わります」とは言えないだろうという意味で「いいですよ」と使う時がある。
つまり、相手の人間的な器を計って、一歩踏み出し背負う覚悟の無さを見抜いた証だ。
お金を払えば済むものではなく、五分五分に役目を果たすからこそ対等が保たれる。
そんな関係を知らない人は、「いいですよ」と言われて「あの人は優しい」と感じてしまう。
でも相手が「いいですよ」と言ったのは、優しい気持ちの他に、五分五分ではないのに「ありがとう」と言って終わりにするのかと問いていたのだ。
誰だって面倒なことはしたくない。
でも誰かがしないと終わらないという場面、特にそれまでしてくれたなら、どこかで「いえいえ、ここからは代わらせてください」と言ってもいい話だ。
でも「いいですよ」という言葉に、何も気づかずに「ありがとう」で終わらせてしまう。
もうそれって五分五分でも対等でもなくて、もう相手にはしないと言うことだろう。
大人になって、その辺りに気を回せないと、本当に器の小さな人になってしまう。
甘えてもいいのだけれど、その後は自分でできることを探して形にすることだ。
「これ、美味しいと思うから食べてみて」
ちょっとしたデザートを買って届けるくらいの気遣いもしなければ、もう一人前として扱われるはずはない。
言いたいことや引けないことを突っぱねてもいいけれど、その前には、対等な関係でなければ始まらないのが大人同士だろう。
やはり仕事をして稼いでいるからこそ、相手の気持ちも分かるのであって、経済的にも社会的にも役割を持たない人では、そもそも対等にはなれない。
助けられて生きているのに、そのことをすっかり忘れて一人前の口をきくから、「何様だ?」と思われてしまう。
「いいですよ」と言われてしまうのは何故か。
少し相手の心情に耳を傾けてみるといい。