「 高齢者」になった自分について
社会的には「高齢者」と呼ばれるのは「65歳」からとなっている。
介護保険制度を利用できる年齢と定められているからだ。
厳密には特定の疾患に関して、40歳から対象にはなっているが、ここでは省いておこう。
人として考えるポイントがあるなら、生活費を確保することが最優先だろう。
というのも、目の前に現金があれば、そこから生活に関わるあらゆる項目が始められる。
強いていえば、お金よりも大切なのは「健康」で、肉体的にも精神的にも不安が無ければ、それだけ「お金の確保」以外のことは難しくない筈だ。
高齢者になると、思考力も低下する。
「思考力」を分かりやすく紹介すると、「結果」が前提とされる条件によって異なるということに触れておく必要があるだろう。
例えばある商品が「100円」で売られている。
それがあれば、生活でとても助かると感じている人には「100円」でも安いと思うだろう。
一方で、本来なら「1000円」で売られているものが「100円」に値下がりしていたとしても、必要に感じない人にとっては「100円l払うのも損した気分だろう。
その意味で、その商品に「100円」の価値があるのかは、買う人にとっての欲しい度合いがあってこそ決まることになる。
つまり、思考力のあると、どう言う理由や条件でその価値を測っているのかを考えられ、思考力が劣ってくると段々と「いる」「いらない」と言う目先の価値観で決めてしまう。
介護施設を利用している高齢者は、施設内で主に食事と排せつ、入浴、睡眠があって、それ以外の義務は課せられていない。
施設の方針にもよるが、「終の住処」とも呼ばれる特別養護老人ホームを利用する人は、もう住み慣れた家に帰ることは考え難い。
つまり、先に紹介した食事や入浴などを繰り返しながら、その人生の終焉を待っている状態だ。
人として、最後まで自分らしく生きられるように施設のスタッフも「介護サービス」を継続する。
一方で中高年の再就職先として「介護」は大きな受け皿と言えるだろう。
年齢制限や職歴不問と言う点で、キャリアアップに積極的でなかった中高年にとっては敷居も低い。
ただだからと言って介護の仕事が誰にでもできるのかというとそうではない。
実際、離職率が高い業界と言われる背景には、採用段階で門前払いしないだけで、仕事が始まると異業種同様に期待されることやストレスも多い。
もしも中高年の方でキャリアアップを考えた仕事探しを希望するなら、介護職はおすすめの職業の一つだ。
特に勤務開始から3年を過ぎて取得できる「介護福祉士」の資格があると、初めて働く職場でも時給換算で50円とか100円、それ以上も上乗せされるケースもある。
アルバイトと言う働き方で時給アップが10円だったと言う経験があるように、正社員採用ではない雇用契約で、50円、100円の上乗せは資格取得と言う方法でしかなし得ない策でもある。
予期しない物価高騰が懸念される時代だけに、キャリアアップと言う考え方を意識する方が、後々を考えると選択肢が残されてくるだろう。
中高年になっても、体力勝負の働き方では、何か異変が起こった時にその暮らしを維持できないだろうし、そこから選択できる仕事探しをしようと思っても、すぐにはいい提案も浮かんでこない。
「継続し得る仕事を見つける」ことが、中高年にとってとても大切なポイントなのだ。
こみちのような不器用なタイプでもできるから、何をして良いのか分からない人は、介護職を検討してもいいだろう。
例えば、世の中の人口の半数が高齢者になった社会があって、多くの人が介護職で職を得たとしても、その資金が税金であるとしたら、個人の税負担はかなり高額になってしまう。
と言うか、半数の人が高齢者になる社会では、そのすべてが介護サービスを受けられる様にはならないだろうし、それでは収支が合わなくなってしまう。
そこには今の高齢者介護が、例えば介護施設に入ると基本、その利用者には食事や入浴などをしてもらうだけで、「労働力」とは考えていない。
しかし、彼らにもできることがたくさんあるし、そのことを仕事と結びつけられたら、彼らが稼ぐこともできる。
高齢者が常にサービスの受け手になるのではなく、サービスを提供する側になれれば、社会構造そのものが変化するだろう。
例えば、利用者がYouTube でチャンネルを持ち、介護施設での暮らしを語ると言うコンテンツを発信したら、そこから「介護サービス」の本質が見直されたりしないだろうか。
「介護とはこうだ」と介護従事者は教えを学んでいるが、とは言えそれはサービスの受け手と言う設定で、サービスを提供することまでは視野に入っていない。
しかし、やがて今のYouTuber たちが高齢者になる頃には、介護サービスを利用する様も映像化し、コンテンツの一つとして公開されるだろう。
今回は、少し「介護」と言う視点で、働き方の改善などを考えてみました。
居場所と問わずに働く方法が増えたので、もしかしたら介護施設で生活し始めても、そこで仕事を見つけて働き続けることができるかもしれません。
たとえ1日2時間でも、労働力を提供できたら、人は自分を保てるし、何より肩身の狭い気持ちにもならずにいられる。
何もかも世話になるだけの立場にされてしまうと、介護スタッフは仕事だからと割り切ってくれても、サービスを受ける立場としてはどこか寂しい気持ちにもなってしまうだろう。
その意味は、仕事を持ち続けることの意味は大きい。