テレビだけの父親と頑張り続ける母親
70代後半になる母親は、今でも仕事をしている。
介護士の経験を踏まえるなら、「無職」よりも何か仕事を持っていた方がいい。
お金を稼ぐことが目的というよりも、社会との繋がりを少しでも維持した方が人間は若々しく生きられるからだ。
その意味では言えば、テレビを観て、3度の食事も家族に準備してもらい、どうにもならない時に冷蔵庫からたくあんを出しておかずにしている父親は、社会とのつながりが希薄だ。
時々、こみちでも今の生活が不安で落ち込んでしまうのに、父親は精神的にも強いと思う。
もしも母親に何かあって、食事や洗濯をしてくれなくなったら、自分で身に回りのことができるのだろうか。
見かねたこみちたちが手を出して、それこそ着替えやご飯を食べるというような最低限のことだけを死守するのかもしれない。
理由は定かではないが、起きた時に何か気分がすぐれないような夢を見ていたように思う。
起きてからも気持ちが沈んで、朝ごはんを作るのがとても億劫だった。
いずれにしても、今のこみち家は順調ではないから、悩みが尽きそうにない。
仕事をしなければ…
日中、家にいると、しなければいけないこと、するべきことがあるのに、自身の現状や両親の生活ぶり、不安になるポイントばかり浮かんでしまう。
こんなことなら、もっと仕事をしていた方が、稼げるし考えなくて済む。
そう思うだけでも精神的に違う。
高齢者介護という意味では、子どもであるこみちがたくさん稼いで、両親は家で気ままに不自由なく暮らすことが理想なのだろう。
しかし、「これだけは守って欲しい」も守ってくれたりはしない。
「これくらいは大丈夫」と自己判断で進めてしまうことも多い。
それは、気づけば予定が勝手に変更され、次の準備が消費されてしまうということが起こる。