「働ける」という意義
仕事が無ければ、望もうとも働くことはできません。
中高年になって感じますが、「時間」はとても大切な財産です。
一日、二日、一週間。
それよりももっと長い期間、働くことができなければ収入を得られませんし、何より「次の一歩」が踏み出せません。
かと言って、中高年が仕事を探すとなると、いろんな意味で配慮するべき問題が出てきます。
その意味でも、「働ける」ということは簡単に手放すべきことではなく、仮に何らかの目的であるなら「次の一手」に対する準備をしてからでしょう。
具体的には、資格取得の勉強や、事業開始に備えた準備など、どうしても必要となる「時間」を働いている間に行えば、失業中も無駄が減らせます。
ゴールデンウィーク明け初めての仕事だったのですが、「仕事がある」ことの喜びを改めて感じました。
社会との繋がりを感じられたこと。
働くことで報酬が得られること。
これから挑戦したいことに一歩を踏み出せること。
これらも「働ける」からこそです。
「昨日」と違う「今日」を迎えるために
最近感じるのは、昨日よりも何か変化できている自分でいたい。
そして以前までは、「今日」の過ごし方に注目していた。
しかし、本当に意識するべきは「昨日」だった。
「今日」のための「昨日」。
つまり、「明日」のために「今日」がある。
何の変哲もないように思えるが、慌てて「一日」で完結できることで成果を出そうと思うから上手くいかないのだ。
「望む未来」を手に入れるにも、「今日」がその準備の始まりだということだ。