「今日」は「今日」
「未来」とか「老後」を考えると、現状で安心はできない。
できるなら少しでも改善したいと思う。
でも、親との同居、親の介護、そんなことも含めれば、「今」を続けるだけでも大変だ。
「もしも…」
そんな「一歩」が期待できたら、もっと今は違っていただろう。
少なくとも父親にも母親にも「そんな「一歩」は起こらない。
というか、そんな風に生きてはいない。
かと言って、こみちはもっと意識が高いのかというとそうでもない。
同じ場所をただグルグルと巡っているだけで、「一歩」にはなっていない。
ジタバタしてもどうにもならないから、「今」を受け止めて生きていく。
「今すぐ」は非現実的!?
何かラッキーでもない限り、今が変わることはないだろう。
でも「1年後」を変えることはできたりする。
それは、「一日」では感じない「小さな一歩」が、365日後には目に見えた差になるからだ。