中高年の闇 「炎上商法」から考える社会

 「炎上商法」から考える社会

多分、現在中高年と呼ばれるこみちと同世代の方は、「炎上商法」という言葉を若い頃は知らなかったでしょう。

というのも、「炎上商法」は注目を集めるために「目立つ行動や言動をする」という状況を指します。

一般的、例えばジャンケンで負けてしまったら、勝てるために何が必要なのかを考え、行動するでしょう。

それが、グー、チョキ、パーのどれにも該当しない「手段」であったら、ジャンケンはどうなるでしょうか。

我々は自由に生きたいと言っても、一定のルールの中で生活しています。

それを完全に無視すれば、確かに目立ちますが、社会として成立しませんし、無視する人が増えれば、「ルール」を誰も信じなくなるでしょう。

駐車場に停めている車を勝手に使われて、「誰も使っていなかった」と言い返されたら、おちおち停めていられません。

ただ思い起こせば、こみちにもこんな経験があって、例えば小学生時代に得意だったことが、中学生になってもっと凄い友だちに出会い、さらに高校生になるともっと才能豊かな友人を見つけます。

社会人になる頃には、自分が何者なのかを自然と知り、「せめて大学くらいは」とみんなと横並びで勉強しました。

とは言え、地頭が良くないこみちなので、思うように成績が上がらずに、模擬試験の度にため息をついていたように思います。

そんな中でも、例えば「絵を描く」趣味を見つけて、作品作りというよりも、自分と向き合う時間作りとして細々と続けて来られました。

昔、憧れていた理想像とは程遠い自分ですが、それを受け止めながら生きています。

「炎上商法」という言葉が誕生した背景には、誰もが広く情報を発信できるようになり、でも時に誰からも関心を持ってもらえない現実を知ることもあるでしょう。

とは言え、こみちの過去を思い出せば、誰かよりも常に劣っていて、「自分の才能って」と悩みながら、それでも何かできることはないかともがいて来たのです。

「誰からも支持されない」なんて、考えみれば当たり前のことです。

逆を言えば、「こみちチャンネル」を運営して思うのですが、数少ない中でもチャンネル登録してくれる人がいて、拙いイラストをわざわざ見てくれたりします。

身の丈に合った言動が、最終的には自身のためでもあり、社会全体から見ても大いに役立ちます。