精神年齢「50歳」はほめ言葉なのか?

「精神年齢」って何だろう?

若い方に触れて、「とても10代とは思えません。落ち着いているから30代の貫禄ですよ」と称したとしましょう。

これが「とても落ち着いているから50代、60代の方みたいですね」と言ったらどうでしょうか。

中高年のこみちにとって、最もバランスがいい年齢は「30歳」 前後ではないかと思います。

ある意味でそこから段々と気力と体力、忍耐力が低下していき、その代わり経験値や財力がアップします。

今の時代、経験値や財力は様々な方法で補えることを考えると、もしかすると「30歳」よりももっと若く「25歳」や「26歳」がベストバランスなのかもしれません。

さてさて精神年齢の話に戻ると、そもそも「精神年齢」って何を指すのでしょうか。

いわゆる十代の頃にいう「精神年齢」とは「IQ」のような見方もできますが、その意味では20歳を過ぎた人間の純粋な「能力」はある意味で身長が止まる20歳くらいで始まっているのかもしれません。

因みに、「IQ」は、10歳の人が同じ10歳程度の能力なら「100」と言い、15歳程度の能力なら「150」、20歳程度なら「200」となります。

じゃあ、10歳で80歳程度なら「800」なのかというと、その能力はちょっとイメージできません。

むしろ、2歳の人が20歳程度で「1000」と言う方が想像できるくらいです。

つまり、中高年と呼ばれる40歳を過ぎた年代は、もう個人的な能力ではなく、それまでに築いた経験や知識をどう活かして生きるかが問われる年代で、20歳の時に40歳程度の能力で「IQ200」としてもほとんど意味がありません。

こみち個人としては、10歳くらいの年齢の人がどれだけ早く能力が開花しているのかを判断するのが「IQ」の役割で、「頭の良さ」とか「能力的な優位性」ではないと感じます。

つまり、10歳の時に、20歳の人が思いつきそうな手段や発想で何かを試みているということを「IQ200」と呼ぶだけで、じゃ平均的な20歳になる人が、実際に自分をどれくらい「大人」だと感じているのか質問すると、「決して全ての人が十分に大人だ」とは思っていないでしょう。

悪い意味ではなく、「20歳」と言う年齢も、大人な部分と子どもの部分が共存しているでしょうし、それが未来の可能性を呼び寄せると思います。

じゃ、中高年になるとどうでしょうか。

こみち自身で考えると、介護の仕事で、夕方に出社して翌朝の9時まで、約16時間労働をしたら、帰り道はフラフラです。

そこから遊びには行けませんし、家にたどり着けるか不安なくらいです。

介護士の仕事で、月に8回の夜勤と早出、遅出が組み合わされると、中高年のこみちは体力管理が大変になります。

疲れが取れないとか、休みの日も何もできないとか、介護の仕事を継続するのはそれだけ容易ではないからです。

本来なら、中高年は経験や実績を踏まえて「管理者」になることが理想です。

「管理者」=「社会的地位が高い」ではなく、若い方と比べて「長い経験」くらいしか勝っているものがないからです。

つまり、中高年から「未経験」と言うスタートはとても大変なことで、本人はもちろん、周りのサポートも不可欠です。

若い方なら一回の説明で理解できることも、何度も聞き直してやっと記憶できるというのが本音でしょう。

自分よりも若い方と同じ作業をしていて、どれだけ自分が「ゆっくり」なのか感じます。

でも、それはもう仕方ないことで、わざとではありませんから、「老いている自分」を受け止めるしか方法はありません。

例えば、介護現場の仕事で考えた時に、「今は何をすれば良いのか?」は分かります。

でも「身体が動かない」のが中高年なのです。

一方で経験が少ない若い方は、例えば介護現場に慣れていません。

しかし、現場仕事に慣れてしまえば、それこそ中高年のこみちよりも仕事ができます。

こみちが懸命に頑張っても、スピードや耐久力で勝てるはずもないでしょう。

中高年の生き方とは?

本来なら、中高年の場合、未経験の業界に飛び込むよりも、それまでの経験を活かせる仕事から探すべきです。

つまり、中高年になると「経験」と「財力」はセットで求められると考えましょう。

こみちのように、その両方もないと言う場合、仕事探しで苦戦します。

理由は簡単で、「何ができるのか?」と言う問いに明確な答えが見つからないからです。

「教えてくれたらできます」ということが、周囲にはどれだけ手間が掛かることか知っていると、やはり「即戦力」が求められる背景は中高年にこれから吸収してもらう期待よりも、今までの経験を発揮してほしいと考えるでしょう。

お風呂介助で、初めての一人は大丈夫でも、五人目、十人目となると、分かっていても段々と作業が辛くなります。

それこそゆっくりでもいいなら別ですが、最初から最後まで同じペースを求められると、最後は後先考えずに必死になるくらい頑張らないと持ちません。

20代なら、30代ならと思うのは、その頃には感じない体力気力の低下がはっきりと知るからです。

「精神年齢」という意味でも、より複雑な背景をくみ取る思考が困難になり、シンプルな考え方を好みます。

「ダメなら諦める」、「ダメなら次回にしよう」という感じで、無理矢理どうにかやり通すという気構えが減りました。

50代60代の精神年齢って何だろう。

若い10代とも違いますが、中高年になって優れている部分って「諦め」とか「潔さ」のような所で、「生い先短い」から楽しもうと思うようになったくらいです。

大きな夢を叶えるという野望が失せて、「今日も一日笑顔で頑張ろう」そんな目標になりました。

50代以降の精神年齢って、ほめ言葉ではないように感じます。

なぜって、まだ若い方にはこれからたくさんの可能性があるからです。

別にこみち自身も自分の可能性を全否定しているつもりはありませんが、やはり10代、20代30代とは違います。

「若い」ということだけで羨ましい限りです。

思うように生きてみればいいと思います。

いやでも中高年になるとできないことが増えて来て、「無難」になってくるのですから。