どうやら「お金儲けには原則がある」らしい!?

 中高年の仕事探しを考えている途中で

こみちのような中高年の世代は、新入社員となって職場の雰囲気や仕事に慣れるように努めたという人も多いでしょう。

時には直属の上司と上手くいかなかったりして、悩んだりしたこともあるはずです。

なぜ、「上手く行かないのか?」という原因を、性格や人柄などに見つけようとした人もいるでしょう。

最近、「仕事探しとは何か?」という問いを考えていた時に、「お金があれば良いのでは?」と気づいたのです。

「今更?」と思われる方もいるでしょう。

しかし、「働くことが大切なのだ」という縛りではなく、「生活を豊かにするために稼ぐ」というのが本当の目的なら、「使えるお金がある」ということは「仕事探し」の目的さえも満たしていると気づいたのです。

いつも「消費者」にならないために

「消費者」とは、「お金を使わされる人」です。

だからこそ、その「お金」を稼ぐために「仕事探し」をしていたのです。

もっと言えば、「仕事探し」に繋がる「資格」や「経験」さえも、「消費者」であることが前提でした。

いつも「消費者」ならないために重要なポイントは、改めて「起業する」とは何かを考えることでしょう。

思えば、こみちの場合、二十代の頃にDTPという広告制作の仕事を始め、それは同時に画像やイラスト製作のイロハを学ぶことにも繋がりました。

というのも、当時の広告は「紙」ベースだったので、画像データを作ることは素人にもできたのですが、印刷所や版下など、専門的な知識がないとできない部分も多く、「仕事」にするハードルは今よりもずっと高かったのです。

言い換えれば、その繋がりを作る期間こそが「下積み」で、それができるようになって「フリーランス」を始めた人をたくさん知っています。

ただ時代は変化し、印刷物よりもネット広告の方が重視されるようになり、社会的に求められる技術や経験、繋がりも変化しました。

もしも今から紙媒体の広告制作を始めたいという人がいたら、「ネット広告」を勧めるでしょう。

できるだけ早い時期に「起業を目指す(消費者から脱却する)」なら、社会で何が求められているのかを考えることです。

これはこみち自身に言えていることなのですが、「歴史に触れる」ことや「成功者に学ぶ」こと、ネットだけでなく「新聞や雑誌にも目を通す」ことをした人としていない人では、社会が求めていることに気づける可能性も違うでしょう。

つまり、「新聞を読む」ことそのものではなく、読んで「気づけるか?」がポイントです。

1日は24時間で1年は365日

10年と言っても、3650日経過したに過ぎません。

あれこれと悩んで1日が過ぎても同じです。

まして何もしないで毎日を過ごしていたら、結局は何者にもなれないまま「最期の日」を迎えるだけです。

「死」とは何か?

介護士として、これまで何人ものそんな場面に直面しましたが、亡くなった次の日はいつも通りの朝が来て、日常生活が始まります。

違うのは大切な人が「そこ」にいないだけです。

こんな風に書くと驚かれるかも知れませんが、お世話させてもらった方々を今でも時々思い出して、その人の口癖や表情を懐かしく思ったりします。

もしも、介護士として働いていなければ、出会うこともできなかった「出会い」ですから。

思うに、死後の感覚が全く残らないのであれば、きっと今日と明日のような関係で、「目が覚めない」ということでしょう。

そして、「感覚が残るなら」やり残したことを「ずっと」悔やむことになります。

つまり、最後はやり切っておかないと「後悔」が永遠に残ってしまうということです。

「お金儲けの原則」も気づかないと始まらない!?

まず感じたのは、「資金」がないと「消費者」から抜け出せません。

方法によって異なりますが、感覚的には「100万円以上」を貯めることです。

もちろん、貯めただけではダメで、「お金」の効果や有効性をしっかりと学ぶ必要があります。

昔、「お金儲け」をタブー視する風潮がありました。

しかし「お金について学ぶこと」をしないと、消費者のままで、「仕事をする」しかできなくなります。

抜け出したいと思いながら、資格やスキルのことを考えるのですが、肝心な「お金」について学んでいませんでした。

断言すると「所持金0円」ではダメです。

もっと言えば、給料をもらって生活し、また翌月の給料で生活をしている限り、それは消費者のまま年を重ねていることになります。

つまり、中高年も若い世代も意識として変わることはなく、違いは残された「時間」でしょう。

我々中高年の場合には、あと20年とか30年が無理して頑張れる限界です。

それまでに何か結果を出していないと、「一生、消費者だった」人生です。

ただ、昔は終身雇用という制度があって、仕事を頑張って定年し、年金で老後を暮らすという流れがありました。

だから消費者のままでもよかったのです。

しかし、「副業」が社会的に解禁された背景には、「終身雇用の崩壊」と「消費者からの脱却」が我々の命題となったことがありました。

ぐるっと戻ると、「起業資金を貯める」「社会のニーズを知る」というポイントは必須です。

その手段として、資金を貯めるために「働く」、ネット以外にも様々媒体から必要な情報を手に入れて「分析」する、さらに「脱却した人」と繋がることもポイントです。

思い返せば、新人の頃、上司や先輩と合わなかったという経験さえも、それぞれが「消費者から脱却」を目指しているなら、分かり合えたことは多いはず。

多くの場合、個人的な「こだわり」に過ぎないから、それを強いられて違和感や嫌悪感になるのです。

「それ必要なの?」「こうでも良いのでは?」

でも、それではいけない理由を説明されたら、「なるほど」と思えるはずです。

若い世代はこそから始めても良いのですが、我々中高年の場合には時間が限られているので、それこそまだ準備できていないことは同時進行しないと間に合いません。

ズバリ、「変われない人」は、もう対象外です。

奇跡や誰かの助けがない限り、彼らには「脱却」はありません。

それこそ、やきもちしても仕方ないですね。

何より、こみちには時間が無いので、自分に足りないものを粛々と準備しなければいけません。