副業が本業になった日

 二足のワラジも過去の話!?

今日、副業だった「制作」の仕事に行ってきました。

これまでは、本業に思っていた「介護」のストレス発散的な位置づけで「副業」として始めた「制作」ですが、今度はこれが「本業」です。

ものづくりは楽しいですし、昼休みに表の駐車場で若い社員がキャッチボールをしていました。

いつもは仕事を受け取ると午前中で帰るので、昼休みを過ごしたのはお世話になって半年とか一年くらいになるのに、初めてのように感じます。

こみちは、いろんな場所で仕事をしているので、キャッチボールをする姿はなんだか懐かしいものです。

しかも、グローブを付けていたのは、同じ職場にいる男性の方で、相手は女性の人でした。

「ちゃんと投げてよ!」

「悪い悪い」

時間にすれば、20分もないかもしれません。

でも、同じ年代の若い男女が、ボールを介して同じ時間を過ごしているのは良いものです。

「お疲れ様でした!」

「嗚呼、失礼します」

2階の窓から身を乗り出して、別の社員が声を掛けてくれました。

会社から駅までは徒歩で10分くらいでしょうか。

でも、天気がいい日は自転車を使っています。

ペダルを漕ぎ会社を後にして、青空の下をのんびりと走ります。

介護の仕事をフルでしていた時は、夜勤もあれば、早朝の出勤もあって、とても副業などできません。

でも介護だけでは段々と負担に思えて、常勤からパート雇用になり、副業も始めました。

そして今は、こっちが本業。副業はなくなりました。

例えば、制作の仕事に「介護」の経験が活かせるのかというと、そうは思いません。

では無駄なのかというと、そうも思いません。

約3年という期間、介護士として利用者と向き合えた経験は、今よりももっと歳を重ねた60代、70代くらいになって思い出すでしょう。

それに、今すぐはありませんが、少ししてまた介護の仕事をしたくなることもあるでしょう。

例えば、父親の場合、最近テレビを観るのに疲れるのか、午後3時くらいになると自分の部屋に戻ってしまいます。

多分、起きているのがつらくて、遅い夕飯まで3時間くらい仮眠しているようです。

もちろん、その分だけ夜寝るのが遅くて、昼夜逆転とまでは言えませんが、望ましい生活ではないでしょう。

「介護施設」であれば、介護士がそんな高齢者にいろんな方法で生活リズムを保てるように配慮します。

在宅介護でも、その人ができることを担当してもらい、健康的な生活を目指します。

しかし、こみち家の場合、日中こみちが家にいても、父親に何か頼むことはしません。

同じ屋根の下いても、別々の時間を過ごしています。

それこそ、父親の健康維持のためにできることはいろいろありそうです。

しかし、これと言った趣味もない父親に、興味を持ってもらえそうなアイデアを出してまで、正直なところ時間を割きたくないのです。

それこそ、こみちが主となり、内職の仕事でも始めて、父親を巻き込むことはできるかもしれません。

父親ができない時は、こみちがフォローするという形なら、まだ少しは働けるかもしれません。

ただ、そこまで手取り足取りと、介護するのは面倒です。

実際、あまり自分から外に出たがらない父親なので、膝の治療として診療所に通うことが唯一の外出になっています。

とは言え、通ってはいますが、それ以外は何もしないので脚力としては低下する一方です。

数年前にも、自転車に乗ったらとか、散歩したらという提案はしてきました。

でも父親は自分で何も動こうとはしませんし、今みたいに100メートルも歩けなくなるとは思っていなかったでしょう。

父親という人間に対して、それこそこみちが自転車を買って来て、優しく父親を誘い出し、少しでも乗れたら大袈裟に驚いて、乗る度にそれをしていたら父親は今よりも外に出られたかもしれません。

しかし、全てをお膳立てしないと始められない父親なので、何をしてもこみちが面白くないのです。

結果、父親は介護施設には入っていませんが、在宅介護でもなく、ただ3食食べてテレビを見て寝ているだけの生活です。

「詰まらないんじゃ無いのかぁ?」

周りから見るとそう思えますが、父親は本当に自主的に動きません。

このままさらに老けて行くことをどう思っているのでしょうか。

アニメ「めぞん一刻」が懐かしい!?

制作の仕事が主体なり、ものづくりがまた楽しく思えてきました。

こみちは、マイブームで小説を読み漁る時期や、映画を観まくる時期、マンガはそれほどハマっていませんが、それでも定期的に観たくなる作品があります。

「めぞん一刻」もその1つですが、ここではストーリーではなく、作り出された作品としての興味に触れてみたいと思います。

人間は1、2、3、と段階を踏んで行動します。

中には同じように感じなくて、途中を飛ばしたり、全く別の展開へと突き進んだりして、その予想外の行動が興味深く思えます。

小説やアニメ、映画などに触れると、全体としては描かれた世界観の中にいて、でもその中で個々のキャラクターがまるで生きているかのように自由に動き回っています。

めぞん一刻のアニメをまた見たくなって、作品の一端に触れた時、それまでこみちとは無縁だった世界がそこに現れます。

それこそ、今の現実の生活のどこにも見つからなかった世界が、「めぞん一刻」の世界ではずっと動いていたかのようです。

小説や映画に触れた時もそうですが、自分のいる日常とは別の場所で、彼らが「生きている」と感じます。

制作の仕事って凄いと思いませんか。

でもまだ振り返ってしまう

例えばふと勤務していた介護施設で暮らしている方々を思い出し、彼らが見せた表情や視線を想像します。

一日中ベッドに寝たきりの方がいて、日中なら午前中と午後のオムツ交換の時に話掛けます。

「いい天気ですね!」

「中庭の桜が見えますか?」

その人にとって、窓の方を向いている時間だけ、外を眺めることができます。

なぜなら、寝返りができないので、身体の自由さえ介護士の設定したままだからです。

「雨が強くて、濡れちゃいました」

ほとんど何も言いませんが、でも視線の動きで何を言いたいのか分かります。

もう少し詳細に話す時もあれば、さっさとオムツ交換を済ませて退室する時もあります。

ある意味、それが介護士としてしてあげられる限界だからです。

「一日中寝たきりで、面白くないでしょう?」

そんな問い掛けなど意味がありません。

それは父親にも言えますが、こみちに与えられた人生という時間を注いであげたら、父親は今よりも快適に生きられるかもしれません。

しかし、こみちの人生を踏み台にしなければ手に入らない幸福です。

つまり、人生における「幸せ」の総量はこの世の中で決まっていて、人々はそれをお金を使うように回しながら待ち侘びています。

誰かの犠牲を伴わなければ手に入らない「幸せ」を望む人もいます。

一方で、自分の「幸福」さえ誰かに分け与えてしまう人もいます。

介護の仕事をして思うのは、誰かの幸福をもらうのではなく、自分の中に残っている幸福を大切にすることが介護ではないでしょうか。

自分が持っている幸福を差し出しても、その大半は受け取ってもらう前に風で吹き飛んでしまいます。

それに他人の幸福に縋ろうとする人は「幸福」を大切にしません。

それは自分の幸福に目を向けていないからです。

ちょっとしたことで幸福を見つけられるのに、自分から探そうとしないで、他人の幸福をもらおうと待っている人は、幸福になる権利がありません。

介護の仕事をして、実際に出会った利用者の中に、他人の幸福を求める人はいませんでした。

こみちの不幸にまで気づき、自分の幸福さえ差し出そうとする人もいたくらいです。

「お前の顔は見たくない」

「こみちがイヤなの?」

「いだや!」

「でも、居なくなると寂しい?」

「寂しい」

そんな会話も珍しくありません。

介護は本当に深い。

そう思います。

でもそんな時でさえ、こみちは幸福を簡単に差出しはしません。

なぜって、もっと不幸を強く感じる日が来るからです。

「明日は休みで来ないけど、明後日は来るよ」

それが介護士としての距離感です。

「明後日ね」

「…」

ベッドに横たわる利用者に向かって、こみちは手振って別れの挨拶をします。

手振ってくれる人もいてば、ジッとこっちを見つめたままの人もいます。

そっぽを向いてしまう人もいます。

でも、それで良いと思っています。

こみちも介護士として利用者と本気で向き合ってきました。

だから、辞めるとなっても、忘れてしまった訳ではありません。

でも、こみちにも人生があって、今はまだ介護とは少し異なる分野で働こうと思っているだけです。

根底は何も変わっていませんが、目の前にあるものは随分と変化しました。

時々思い出していたのが、いつかは年に数回になってしまうでしょう。

その頃には良くしてくれた利用者たちも、施設を離れてもっと落ち着ける場所にいるかもしれません。

ふつう、同じ会社に2度採用されることはないので、その意味ではもう会うことはないでしょう。

でも、3年という時間の中で出会えた人はたくさんいて、「制作」という仕事では体験できなかった他人の人生に寄り添う仕事は、こみちにとって貴重です。

介護がインプットなら制作はアウトプット。

制作の仕事がメインとなり、こんな風にできないだろうかとあれこれ考えることが楽しくて仕方ありません。

副業が本業になり、またこうして文章やイラストを書いて、仕事ではないけれど、いろんな人と時間を共有できることが嬉しいです。

これからも不束ですがよろしくお願いします。