「法律」を学ぶ本当の意味

「 法律」を問う資格

誰もが思い浮かべる法律系の資格といえば、「弁護士」資格でしょう。

しかし、ビジネスと言う意味では法律も国際的な価値を伴いますから、「語学」や「民族・文化」「歴史」などなど、「法律」だけを知っているだけではその価値も半減します。

その意味では、「弁護士」と言うポジションは、今後「AI」に譲るべきかもしれません。

なぜなら、先に挙げた法律とそれにまつわる様々な知識や事実を踏まえることで、「法律」の役割を活かせるからです。

例えば、司法試験を一年の努力で突破した人間と、10年掛けて乗り越えた人間、どちらが有能な弁護士でしょうか。

多くの人は、一年で突破するような頭脳明晰の人間を「有能」と評するでしょう。

しかし、こみちのような中高年になると、必ずしもそうは考えません。

確かに一年で司法試験で問われる憲法から民法、刑法、商法に訴訟法を含めて修得するのですから、相当の記憶力と事務処理能力がなければ、到底クリアできません。

しかし、ここで問う能力はまさに「AI」と被る部分。

今後、AIの能力はどんな天才の能力も超えるでしょうから、仮にそんなAI弁護士と法律問題で争うことになって、我々人間が「勝訴」できるでしょうか。

一方で、10年の年月を掛けた人間は、きっと不器用で実直なタイプの人間でしょう。

学生時代に初めて試験を受けて、そこから20代の全てを資格取得に費やしたとなれば、もしもこのまま試験に合格できなかったら、どんな未来が待っているでしょうか。

もちろん、司法試験を筆頭に、法律を学ぶ資格はいろいろあります。

ざっと挙げるだけでも、主に不動産の登記に関わる司法書士、行政の書類作成を行う行政書士、例えば不動産の取引を行える宅建士なども試験で民法など法律を学びます。

結局のところ「法律」系資格ってなんだ?

ちょっと思うと、司法試験に一発で合格するような頭脳明晰の学生がいます。

しかし、彼にとって法律は、ルールに沿った事務処理をしているに過ぎません。

では実際の社会で起こっている法律的なトラブルとは何でしょうか。

例えば、刑法に触れるような行為が問われた人がいて、その人の生い立ちや境遇、今の生活環境を踏まえた時に、通常の想像し得るものではなかった場合、一律に法律的な事務処理で十分なのかがポイントです。

ルールはルール。

と言う考えで有れば、そこに余談を挟むこともできません。

しかし、人はどこかでミスをし、それが人生を大きく左右するような場合にも画一的で良いのかと言う部分です。

例えば、一年と言う短い期間の学習で、人と言うものを深く見つめ、法律との関係に自分なりの考えや信念を築くかもしれませんし、10年かけても憲法を始めとした試験突破の勉強に終始したのであれば、「人と法律」の曖昧な境界線に考えが及ばないかもしれません。

でも、法律は、数学的な機械的に答えが出るものではないとするなら、個々の人間がこれまでどのように生きて来たのかを生身の人間をして受け止め、それが脳内で蓄積された法律の各条文とどう符号させられるものなのかを、それこそ弁護士として発揮しなければいけません。

その意味では、弁護士資格の下位になる司法書士や行政書士などの有資格者にも同じことが言えますし、これから法律系資格を目指して、社会で活躍したい人は少し自分の将来像をイメージしてもいいでしょう。

例えば、東大法学部出身で一発合格を果たした弁護士と、東大ではない法学部出身で弁護士になって以降、世界各地で様々な文化や民族を肌で感じ、それぞれが全く異なる法律家として10年の歳月を過ごしたとします。

そんな二人が法廷で何を主張するでしょうか。

法律ゆえに同じ条文を機械的に当てはめるでしょうか。

どちらが優れていると言う話ではなく、法律系資格を目指すとは、ある意味でそのような経験の中から、依頼者となった人をいかに守ることができるかが問われます。

行政書士は「街の法律家」?

例えば、行政書士と言う資格を紹介する時、「街の法律家」というような表現をみたことがあります。

とても分かりやすい表現ですし、気さくに法律の知識やルールを教えてもらえるのは悩み事がある人にとって安心できます。

必要な届けを行政の窓口に出さなければいけないような場合、行政書士の法律知識がとても活躍します。

ただ、弁護士や一部の司法書士のように、依頼者に代わって法廷で争うことはできません。

そこには、先に触れたような「人と法律」と言うような場面を想定しているのではなく、法律が社会の中でどのような役割や価値を持っているかに注目しています。

つまり、行政書士を目指して法律の勉強を始めるなら、それこそ弁護士のような壮大なイメージを描くよりも、ある事実を示す根拠となる法律や条文というように、あくまでも試験突破に合わせて知識を蓄えることに徹するべきだと思います。

例えば行政書士を受験する場合、特に学歴による定めはなく、誰もが挑戦できます。

弁護士になるには、法科大学院を経て司法試験に挑む他、予備試験と呼ばれる旧司法試験のような試験もあります。

当然ですが法科大学院に入学には原則大学卒業を問うのに対し、予備試験では特に制限を設けていません。

これもどちらが優れているではなく、法律との関わり方になるでしょう。

でも法律を学ぶことで、人の暮らしが見えてきたり、トラブルで苦しんでいる人が救われたり、ただ儲かる資格なのかというと、どうもそれにはパターンが存在し、ある意味で法律の曖昧な部分には触れずに、ビジネスライクな案件で成果をあげることです。

それもまた弁護士を目指す目的や目標となり得るでしょう。

こみちと言う人間が、法律系資格に向いていないのは、そんな背景にうんと年を重ねて理解できたからです。

きっと、数年で活躍できる人たちは、法律を学び始めた時に、何を学ぶべきなのかも瞬時に理解し、とてつもないスピードで知識を吸収していくのでしょう。

ふと、そんなことを思ってしまいました。