マズローの欲求階層論
介護業界に携わる人であれば、「マズローの5段階」とか「マズローの欲求階層論」など、マズロー」という始まりで語られる人間の「欲」について学んだことがあるだろう。
介護のことなどあまり知らない方に向けて簡単に紹介させてもらうとしたら、マズローはアメリカ国籍のマブラハム・ハロルド・マズローという心理学者が唱えた「マズローの欲求階層論」など呼ばれる「欲」の働きを解説した法則があります。
もう少し掘り下げると、時間も場所も他に誰がいるのかも分からない状況に立たされた時に、人は最初に何を考えるでしょう。
マズローの唱えた法則を元にすると、自身の身体に起こっている感覚、例えば寒いとか暑いとか、お腹が空いたというような意識が働きます。
しかし場合によっては、その感覚は一瞬のことで、人によってはすぐに別の意識へと移っているかもしれません。
マズローの場合、次に意識することが「安全であるのか?」ということです。
つまり、身体の状態を確認できたら、今いる場所が安全で、もしくはもう少しくらいならいられそうだと確認できたら、少しホッと落ち着けます。
きっと落ち着きを取り戻し、冷静に判断できる状況になれば、今いる場所を改めて確認するのではないでしょうか。
地面は濡れたりしていないか、落下物や倒れて来そうなものなどないか、何よりそこから脱け出せるのか確認したくなるでしょう。
さらに状況が進展すると、マズローは「社会的結びつき」を求めると唱えました。
つまり、誰かいないかを探すというのです。
いい意味でも悪い意味でも、自分以外の人が近くにいるのかいないのかを確認できたら、それは今に大きく関わるからです。
今いる場所が十分に安全でも、物陰に誰か知らない人がいたら、一気に状況が変化しかねません。
そして、社会的結びつきの確認ができると、マズローは社会中で生まれた関係から自身の役割や価値を見出そうとします。
例えば、近くに同じような人が数名いて、「ここはどこだろうか?」と一人で確認したことをもう一度一緒に再確認するような状況になって、「向こう窓がある」とか、「川が流れていた」というような情報を持っていると、一緒にいた見知らぬ者同士の中で、見えない「役割」が生まれます。
この役割が永遠に固定されるものではありませんが、意識として少しはグループに貢献し、その貢献を認めてもらいたいと思わないでしょうか。
マズロー最終的に、社会やグループ内での役割ではなく、自分自身ために「何になる」とか「どうしたいのか?」と見出そうとすると考えました。
つまり、脱出までは協力して来ても、そこを抜け出した後は今度は自身の考えに立ち返り、また歩き始めると思ったのでしょう。
それを「自己実現欲求」と命名しています。
簡単ですが、このようにマズローという心理学者は、何もないところから始まった心の動きを一連に紹介し、それを5段階のステージとして提唱しました。
「生き甲斐」って何だ?
「生き甲斐」とは生きるに値する目的や価値を指します。
つまり目的や価値を見出していなければ、そもそも「生き甲斐」を意識することもありません。
マズローの考えを持ち出せば、今、とりあえず空腹でもなく、身体にも痛みなどがなくて、部屋が安全なら、そこにいることができます。
法則を持ち出せば、社会とのつながりを意識し始めますが、それは目的や価値を持ちから生まれる心の動きです。
ポツンとどこにいるのかも分からない場所なら、その場所から出たいと思うでしょうが、安全な自室にいると理解できたら、あえて部屋の外、さらに屋外やそれよりも遠い社会に出るかは人それぞれです。
つまり、マズローの法則では自己実現を頂点に心が動き欲も変化しました。
しかし実際には、途中で止まってしまうことも多く、実は自己実現を達成する人など一部かもしれません。
それはつまり「生き甲斐」をどう持つのか。そう生きるべきかと自問して、答えられる人の方が少なくて、多くの人はある程度居心地がよかったら、そこでずっと動くこともなく生きられるのではないでしょうか。
特に昔とは異なり、インターネット接続できる環境なら、人との交流も制限されることはありませんし、それこそ外に行かなくて出前を頼めばいろいろと届けてくれます。
それが形を変えて社会への所属と呼ぶなら、物理的には動いていない場合でも、それは社会との繋がりを持ったことになるのでしょう。
もしもここで、社会にする理由や目的が、「稼ぐこと」に繋がるのであれば、従来とは異なる働き方で社会との交流を持つことでも叶います。
さらに言えば、「お金」が既に十分あるなら、「稼ぐ」ことよりも「気持ちを通い合わせる」という意味で社会が存在します。
感覚や好みが似ている仲間が見つかれば、そこで見えない役割や交流ができれば、特に「生き甲斐」とまで言えなくても、言い換えればそれを「生き甲斐」にしてしまえば十分なのかもしれません。
そう考えると、例えば人間関係やマナー、常識という社会的なルールを重んじて苦労を増やすよりも、単純に「お金」を手に入れてしまい、従来にはなかった形で生き甲斐を見出すこともできます。
つまり、「お金」を得るということで解決することが多く、時に個人で異なる生き甲斐さえも実は同じで、何も難しく考えずに「稼げるか?」で判断した方が楽になれるはずです。
こみちのように中高年世代にとって、安定して生活を考えるあまり、マズローでいう生理的な欲求から順にクリアするものと思い込んでしまいますが、例えば若者世代でYouTuberとして評価された人たちはまさに「稼いでいる」ので、それこそ行く末を勝手に心配しなくても、新たな価値観で幸せに暮らせると思います。
当たり前のように思えますが、意外と当たり前ではなくて、現代は安定のために社会との繋がりを保っていますが、一方ではしっかりと自己実現のために「稼ぐ手段」を見つけなければいつまでも現状を抜け出せないことを示しています。
活かし方、見せ方、やり方などなどを見直し、自分らしさを出していくことで、未来が切り開かれるのでしょう。
その意味では、不満だけを口にしても意味もなければ、進展もありません。
こみちなりにももう少し考えることにします。