本当に「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の?

 しばらく時間が空きましたが

実は今日、施設で暮らしている叔母の住んでいた「借家」の件で、不動産屋と話し合いをします。

詳しくは紹介できませんが、いろんな意味で問題や課題が山積した案件なので、今回の話し合いでは相手の出方を確認したいと思っています。

これが、こみちに弁護士資格でもあって、仕事として接するのであればまた話も違いますが、自分の時間を割いての無報酬での交渉となるので、何度も出向くのは正直なところ負担も大きい感じです。

しかし、焦って話をまとめようとしてしまうと、どうしても相手も逆手に取ってくることもあるでしょうから、じっくりと構えつつも早期解決できるようにポイントを絞って段階的に話し合うつもりです。

そもそもは父親に降りかかった話

認知症なのかと思えた父親ですが、様々なことを担当者から外したことで、日常生活を過ごすことに不便はないようです。

しかし、相変わらずテレビを観るだけの毎日で、時々母親に言われて「何かする」時でも、「してあげている」と言う上からの態度に変わるところがありません。

かと言って、「例の件、自分でしてよ」といえば、「分かった。一切手を出すな」と大口は叩きますが、明日になると忘れていたり、「俺は知らない」と言い出したりで、何も解決しません。

今日、交渉に出向くと聞いても、「悪いな」も、「ありがとう」も言うわけではなく、いつものようにみんなより遅く顔を出して、作ってもらった(こみちが作るのですが)朝食を当たり前のように食べると言う繰り返しです。

正直なところ、父親の年金や預貯金だけでは父親の老後も安泰ではありません。

その意味でも、父親には健康でいて欲しいですし、少しは労働意欲を見せて欲しいのは一緒に住んでいて感じます。

すべて準備してくれたら「手伝ってもいい」という態度なので、本当に扱いに困ります。

先日報告した通り、勝手に認定調査の申し込みを辞退して、デイサービスに行くことも拒否しています。

というのも、まだ仕事を続けている母親が圧迫骨折で腰を患い、立ち上がるのも苦労している中で仕事を続けていて、それこそ家事をできるだけ周りで負担しようという流れもあって、朝、夕方の料理や後片付けをこみちがしています。

そんな状況になっても、父親が動くのはみんなが注目している時だけで、することが日常になる頃には全くしなくなってしまうのです。

回すために周りが手を出すと、それをいいことにテレビを観ている。

それが今の父親であり、ある意味で老いた時に何も解決出来なくなってしまうという見本でしょう。

「これで帰りにでも美味いものを買ってこい!」

なんて気の利いたお金の使い方ができないので、「行って来るね!」と伝えても「…」とチラ見して終わりな気がします。

叔母の件はこれで一件落着なので、もう少しだけ頑張らないといけません。