なぜ、「加工技術」が大切なのか?

 一枚のイラストを通じて

最近、イラストレーターという仕事を「絵師」と呼んだりするらしい。

それを生業としている人を、さらに「プロ絵師」といい区別もする。

「絵師」という言葉に馴染みがないこみちには、何か和風の、例えば銭湯の「富士山」を描く仕事をしているようなイメージが浮かぶ。

イラストを描くことが好きな人も多いと思うが、いかに求められるイメージに添えるかが「プロ」の腕の見せ所らしい。

例えば、本来なら存在しない輪郭線も、イラスト的に誇張して表現として使用する。

線の太さと細さが極端なほど、力強さを表現できるから、男性とか力強さを押し出したい時には手法として取り入れるべきだ。

一方で、女性雑誌の挿し絵として考えるなら、硬く太い線よりも、しなやかで細く、さらに淡い色合いが基本となる。

そもそも、基本の方向性を間違えてしまうと、イラストの完成度は高くても、「プロ」として指名される「プロ絵師」にはなれない。

つまり、「絵が好き」で始めたとしても、「プロ」になりたいならどの時点でそこに気づけるかが大きい。

それはつまり、イラストという世界だけの話ではなくて、異業種でも同じことが言えるだろう。

介護という職業で言えば、オムツ交換の装着がメーカー指定の方法に沿っていることがベースであり、むしろ介護士による工夫は存在しない。

あるとするなら、起きない利用者や拒否する利用者に対して、いかに速やかに作業できるのかという部分で、交換そのものはやはり基本を守ることである。

介護の仕事をしていて、「工夫」や「向上」が評価に反映しないことは気づいていた。

しかし、「工夫」することは、評価には反映しなくても介護業界でも必要不可欠で、それにより利用者の暮らしや職場の雰囲気が一変することは言うまでもない。

中高年の仕事探し「加工技術」の大切さ

仕事探しで重視するべきことは、経験や工夫がその人の立場や稼ぎに反映することだ。

例えば料理屋で最初に任されるのが「皿洗い」というのは定番だが、「料理を作る」仕事よりも評価は低くなる。

それは、「皿洗い」という作業が、割と自身のペースでできて、「洗えていればいい」という解釈をするなら、割と誰にでもできそうに思うからだ。

しかし、才能のある人が「皿洗い」を始めた時に考えるのは、洗っている食器や調理器具に触れて、自身が料理している姿だろう。

その皿にどう盛り付ければ良いのかとサイズや柄を意識しながら皿を洗う人は、きっと次のステップになった時に違いが現れる。

つまり、基礎を覚えている時に、その後の展開をイメージすることができれば、我々中高年にとっても未来とか、次の展開も期待できるだろう。

ただし、例えば介護業界のように、「作業」を求められる職種では、「最上級のサービス」も「最低限のサービス」も評価としては同じ括りで、その違いを意図するなら「事前の告知」が不可欠なのだ。

「加工技術」とは何か?具体的に考えると

こみち自身が考える「加工技術」とは、何か特別な工業製品を指しているのではない。

つまり、「言われてする作業」から「言われる前に完結させる作業」へと意識を変えることだ。

そのためには、各作業をマスターするだけでなく、状況やタイミング、全体の動きや動向を察知して、「何が求められているのか?」を意識する姿勢だろう。

イラストの業界で言えば、個人として「絵が上手い」は評価対象ではなく、依頼者のイメージや気づいていない表現をプロして提示し、完成させる能力をいう。

介護士の場合には、オムツ交換そのものはもちろん、スピードや安全性、安心感のような見えないスキルが求められる。

ただ、介護業界の場合、これは職場の方針や取り組み方でも異なるが、イラスト業界で求められるようなクリエイティブさではなく、事前に決められた作業を処理する能力だったりする。

そこで、こみちが介護業界に求めた寄り添いや利用者の生きがいを介護士として実現しようと思っても、そこに評価が付いて来ないのはもはや仕方ないことだろう。

例えば、それらを強く求める有料老人ホームがあって、見栄えのいい料理や咀嚼が低下しても食べやすい料理などを提供する意識とニーズが合致すれば、また展開も変わってくる。

しかし、一般的な介護施設で求められるのは、そこまで特別なスキルではなく、日常のルーティーンをスピーディーにこなす介護士は重宝さえる。

報酬面では、パートよりも常勤だし、資格的には介護福祉士を取ることが条件となる。

実際の作業ぶりというよりも、その施設で定めた基準に合わせることが稼げる介護士になるということで、その意味では夜勤専従のように時間的な条件をつけて稼ぐのが一番簡単だ。

誰にでも始められる「加工技術」とは?

思いつくところで言えば、馴染みのある商品などを深掘りすることだろう。

例えば、ラーメンが好きなら、それを思い切り深掘りするのだ。

もっと言えば、ラーメン店に焦点を合わせるのか、即席麺に合わせるのかでも異なる。

地域限定品という括りや太麺細麺という括りもできる。

満遍なく広く浅くではなく、あるポイントに絞って「深掘り」することだ。

評判のいいミラーレスカメラを買ってレビューしても、それほど反響がないのは、そのレビューに至るキャリアや比較材料が不明な点だ。

その意味では50機100機とカメラを扱っている人のレビューの方が、聞いていて参考になる。

つまり、「どう深掘りして行くのか?」という部分がしっかりしていれば、今の時代だからこそ「加工技術」を手に入れることができると思う。

こみちが、介護施設で言われた仕事を淡々とこなしても、大きく稼げる訳ではない。

肉体的にも精神的にも疲労して仕事を終えた時、正直なところ割に合っていないように感じる。

これくらいできるなら、もっと他にやり方があるのではないか。

でもそこが見つけられないから、雇ってくれる介護士という仕事を続けているに過ぎない。

本来ならそれではいけないのだ。

売りになるものがなくて、これからそれを作っていきたい人なら、介護士という仕事に就けば稼ぐことができる。

でも数年続けて、ほとんど昇給もないとなれば、仕事を上達し、より多くの仕事を担う意味が見いだせない。

ある意味で、深掘りという面では介護士は不向きなのだろう。

少しそんな意識で、加工技術という意識を持ってみると未来を変えられると信じたい。