1本の電話で始まった騒動 叔母からの連絡で…

 夕食を済ませて入浴でもと考えていたら

時刻はすでに午後8時を過ぎていた。

夕食を済ませて、一旦、2階へと戻った。

試験も近いし、勉強もしたいと思って家族の入浴の順番を確認するためにまた一階へと降りて来て、リビングに顔を出した時だった。

珍しく固定電話が鳴って、母親が電話に出ると「ちょっと待ってね」とテレビを見ている父親に受話器を差し出す。

「何だって? 何しているんだよ!!」

いきなり声が大きい。

不安が起こった。

「どうしたの?」

こみちが母親に訊く。

「叔母ちゃん」

だろうと思った。

「で??

「家の鍵を無くして、中に入れないんだって」

「今は外に?」

「そうみたい」

まだ父親と叔母が電話で話していた。

お願いできない父親

ストレスから泣き出した妻も、少し気分が改善したところだったが、異変に気づいて下に降りて来た。

「どうしたんですか?」

「叔母ちゃんが鍵を無くしたって」

妻がこみちの顔を見た。

電話を切り、父親がテレビを見始める。

「どうするの?」

「ああ?」

「ああじゃなくて」

肝心な時に黙り込むのは父親の性分で、放っておくと本当に放置しかねない。

「様子見に行かなくていいの?」

「オレが行く」

すぐに母親が「その足では無理だよ」と父親の保身に回る。

「行くけど、何か言うことありだろう?」

「ああ?」

「ああじゃなくて、「お願いします」だろう?」

「みんなも大変なんだから、そんなことを言えるはずもない」

「じゃ、自分で対応するんだね!」

「無理よぉ〜」また母親が割って入る。

リビングに大人四人が集まり、自然と大きな声になる。

「お父さん、若い人にお願いして」

「若いって俺たちも中年だ。若くはないよ。無理しているんだ」

「ほら、お父さん」

どれくらいこんなやり取りが続いただろうか。

「頼む」

それが父親に言えた言葉だった。

昔なら、「「お願いします」って言うんだろう!?」と言ったかもしれない。

でもそこはこみちも年を重ねた。

「どうする? 家にいてもいいよ」

妻がこっちを見ているので話し掛けると、「行く。いい?」と微笑んだ。

叔母の住む家までは車を使う。

途中でスーパーに立ち寄り、おにぎりやパンを買って来た。

そして、家に着くと、向かいの駐車場のフェンスにもたれた叔母を見つけた。

「どうしたの?」

「どちら様?」

「こみちだよ。分からない?」

するとすぐに見知らぬ男性が近づいて来て、「この人、知り合い?」と叔母に訊いている。

「私は甥でして」

すぐに説明した。

きっと、高齢者に近づいた物取りとでも思ったのだろう。

よく見るとその男性以外にも近所の人たちが心配そうに顔を出していた。

「警察にも相談に言ったんだよ。本当に大変で!」

「すいません。ご迷惑をおかけしました」

こみち夫婦は何度も頭を下げた。

叔母の家の鍵は、持参していた鞄の中にあった。

その鍵で家に入ることができたが、いろんな意味で叔母が一人暮らしを続けるのは難しいと感じる。

人としての生き方は誰かに決められるべきではない。

でも、叔母の家のまわりに住む人たちが助けてくれなければ、生きてはいけない。

騒動がひと段落して帰宅した時、時刻は11時になっていた。

幸いにして妻も休みだから、朝はゆっくりと寝てくれればいい。

こみちは朝から仕事なので、一人で起きて簡単な朝食で済ませた。

父親と母親には、叔母の件でもう少し考えてもらいたい。

「我々は若くないから」

母親はそんな言葉を使い、時に大変なことから逃げてしまう。

父親も叔母の件で何かあると頭がフラフラすると言い出す。

朝、妻が泣いたことなど忘れてしまったのか。

高齢者になると、いろんなことを忘れてしまい問題が先送りされてしまう。

叔母の件を終えて帰宅した時、父親は妻に「ご苦労!」と言った。

正直、「は?」と思ったが、そのまま流した。

「ありがとう」となぜ言えないのだろうか。

物忘れを認知と呼ぶことがあるが、状況を理解できなくなっても認知だと思う。

誰のために動き、自分はどうしなければいけないのか。

そろそろ、出掛ける時刻だ。

また次回にしよう。