「クリエイティブ」に生きるとは何か?
中高年の仕事探しを続けていると、「年齢」や「経歴」という壁に幾度もぶつかり、その内に世間という見えない存在を思い知る。
これは以前の経験だけれど、ある会社の面接で酷い仕打ちを受けた。
何かされたということではなく、面接官の態度を見て自身がここに居ることがとても切なくなった。
なぜ、この面接官に愛想良くして「採用」を勝ち取らなければいけないのかと。
そして、こみちは面接の途中で「辞退」を申し出て退席した。
このようなことがなぜに起こるのかというと、社会に存在している「仕事」の全てが有益なものではなく、ある意味でそのポジションを続けているだけの仕事というものが存在するからだ。
よく、「楽で簡単な仕事が良い」という人を目撃するが、本人にとって楽で簡単に思えることと、誰もが楽で簡単にできてしまう仕事ではかなり意味が異なる。
なぜなら、採用している会社や担当者もその事実を熟知していて、だからこそ「与えてあげている」という態度で面接希望者を迎えるからだ。
こみちは、どんな仕事にも工夫やコツというものがあって、今より高音質に仕上げることができる余地があると信じているし、そう思って仕事を担って来た。
だからこそ、簡単と掲げられた仕事に応募する時、自身の何をアピールすればいいのかと考えてしまう。
つまり「クリエイティブ」な仕事に出会うことは、自身の生き方を肯定的にしてくれるし、少なくとも100人が100人にできる仕事ではないからこそ、「報酬」を得られるのだ。
技術ということもあれば、場合によってはそこに居ることが仕事だったりする。
でも、誰もがずっとはできないからこそ、それを成し遂げることで仕事になる。
「クリエイティブ」でなければ、そもそも自分自身が不安で仕方ない生き方になってしまう。
Ado「うっせえわ」を聴いたことがありますか?
かなり有名な曲なので、ご存知の方も多いでしょう。
こみちはYouTube で知って聴くようになりました。
というよりも、たまたま聴いて、「何だこれは?」と度肝を抜かれました。
Adoさんという方に関して詳しく知らないので省略させていただきますが、一度聴いてもらうとすぐに分かりますが、中高年のこみち世代の方なら「歌」の概念から覆されるでしょう。
「歌が上手い」を音程を外して歌わないことだと思っていたら、Adoさんの歌はそんな所にはいません。
メロディーに乗せて、言葉が耳に飛び込んで来るような感覚で、「歌ってこんなこともできるのか?」と思わせてくれました。
それはつまり、長年の経験から作り上げた「歌」というものに対する新たな価値観に出会った瞬間で、それは歌以外でも同じような経験ができる可能性を示しています。
「仕事とは〇〇なものだ」と思っていた自分をもう一度見つめ直すことができたのです。
「クリエイティブ」な感情をしっかりと表現することができれば、これからの生き方もずっと肩の力を抜いていけるはずです。
何か耐えるとか、頑張るだけしかないような気持ちになり掛けていたので、改めて思い込んでしまっていることや、それしかないとセオリー化していることをもう一度見直して、生き方のゆとりを探って行こうと思います。
まだ聴いたことがないという人はぜひ、YouTube で「うっせぇわ」を検索し、視聴してみてください。
歌い方の自由さはもちろん、その歌詞にも注目してくれると嬉しいです。