認知症の叔母が退院が迫っているけれど
暴力行為に近い態度が見え始めた入院中の叔母。
こみちの勤務している老健にも、血管性脳障害の利用者がいて、激しく激昂するというようなこともありました。
それでも、ある認知症対応の先生の書かれた書籍を読んで、「信頼関係」がポイントではないかと気付かされました。
「なんで言うことを聞かないの?」ではなく「〇〇さん、部屋に入ってもいいですか?」という具合に、症状によってこう話せば良いという言葉も無限に変化するので、ワンパターン化はできないものの、「こちら都合」の意識を捨てなければ前に進みません。
介護施設で言えば、ユニット型と呼ばれる比較的サポートが細かく可能な環境でないと難しいことも分かります。
例えば、治療を主体に行う病院の介護は、どうしても事務的になりやすく、それこそ介護スタッフの苦労している領域に気づいていない看護師もいるでしょう。
その意味では、医療的ケアができる看護師の下に介護スタッフが位置づけられているという認識は間違いです。
その意味では、病棟にいる叔母が不穏になり、暴力行為になりそうなこともある意味では想定内の流れ、ただ担当している看護師に介護スタッフ並みの接遇を求めるのは酷でもあります。
一方で、こみちの父親や母親も同様で、少し叔母の問題が重過ぎるのか、解決するということもできず、ストレスだけが蓄積されているというような状況です。
ある介護施設への見学を電話予約した母親に、足が痛い、目が回るといろいろな理由をつけて家に閉じこもる父親がいて、でもこみちが間に入って少し話が進展すると機嫌が良くなり、冗談を良い調子付きます。
「オレが話してもいいぞ! こういう時には…」
そもそもで言えば、この件をすべて両親だけで進めれば問題にはなりませんでした。
しかしながら、入院先のソーシャルワーカーとも喧嘩別れし、連絡を閉ざしてしまった父親ですから、入所先の打診さえできていない状況です。
そんな父親のことを「老けた」とは思いたくない家族特有の気持ちと、叔母がそうであるように父親もまた介護施設に世話になる年代なのだと感じる部分でもあります。
今日、また自宅近くの介護施設を見学させてもらいながら、同時に病院のソーシャルワーカーにも連絡を入れて、必要な情報を担当者同士で進めてもらうように話すつもりにしています。
また、この一件でずっと心配してくれている地域包括支援センターの担当者にも入院によって変化が見られる叔母の現状と今後は老健メインよりも、グループホーム認知症対応型の有料老人ホームなどをあたり、まずは早急に退院後の仮住まいを確保しなければいけません。
年明け早々という話でしたが、実際には今年のクリスマスあたりが「Xディー 」で、もう2週間くらいしかありません。
かなり状況は切迫詰まっていて、こみちで言うなら試験勉強さえ後回しで、仕事をしていない時間は息抜きを兼ねてブログ行使やイラストを書くこと以外、叔母の今後や資金繰りに追われています。
でも、越えなければいけない高齢になった家族を抱える中高年世代の切実な実情ですし、仕事探しという面でもより実態に則した話題になると思っています。