最近の介護現場で気づくこと

 凶暴化する女性利用者

最近、我々が担当するエリアに新たな女性利用者が加わりました。

入院数日は、慣れない環境もあって、殆どの利用者が大人しく控えめです。

今回、入所された女性利用者もその例にもれず、施設での生活や手順を伝えると素直に頷いたり、「分かったわ」と答えたり、他の利用者と大きく変わるところはありませんでした。

異変を感じたのは、入所して一週間くらい経過した頃。

具体的には二日前に、離床をしてもらうために居室を訪れた時でした。

「これからオヤツの時間ですので、起こることはできませんか?」

布団を頭まで被った女性が、「何?」と布団の中から面倒くさそうに答えます。

「オヤツの準備ができましたので、お誘いに伺いました」

「オヤツ? もう行っていいの?」

「はい、準備できています」

ここまではいろんな利用者がいましたが、他の利用者と大きく異なることはありません。

「起きられますか?」

「触らないでよ!」

「すいません。起きられますか?」

「靴に触れないで! 触っていいって言った?」

「すいません。起きられますか?」

「靴!!」

「はい、どうぞ!」

「ゴミを捨てて!」

「ゴミ?」

靴には触るなと言われて、でも準備を促され、さらには靴の中に入っているかもしれない靴の中のゴミを履く前に確認しよとというのです。

「何回言わせるの! いい加減にして!」

ここで、プライバシーに触れない程度に女性利用者の説明をすると、彼女は現役時代に会社を経営し、たくさんの従業員を抱えていました。

当たり前ですが、経営に関わる決断は彼女自身がしていたはずで、彼女に対して一方的に支持する人などいなかったのでしょう。

そんな環境で10年、20年と過ごしていたら、本来の性格とは異なり、後天的に身についてしまった振る舞いが加わるはずです。

しかし、彼女自身には認知機能の低下が見られ、環境の変化や自身の立場、入所した目的などを正確に理解することは困難になっています。

つまり、どこかで認識が途切れて、なぜか会社とは異なる場所にいて、時間が来るといろいろな人が声掛けて、自分に話し掛けて来ると状況から理解しているのです。

そんな風に背景から「今」を振り返ることで、彼女自身が発する言葉や態度の根拠も理解できます。

介護とは何か?

ここにいて、「介護とは何か?」を理解するとき、多くの現役介護士でも想像していないポイントがあることに気づきます。

それは、介護士の持つ「当たり前」は必要ないことなのです。

介護福祉士の勉強を始めると、「マズローの五段階」という有名な方法を学びます。

つまりは、人間が他人から認めてもらうことで幸福や安心を得るというものです。

しかしながら、例えば会社経営者になれば、「認められること」よりも「利益を出すこと」が意識に芽生えて来るでしょう。

それは従業員を雇い入れた責任を全うする意味でも、経営者として問われるべき意識です。

一方で介護士の場合、「誰かの役に立ちたい」という気持ちで仕事を始めたのなら、自身の立場や考え方は個人としては持っていていいとしても、利用者からすればそれほど重要なことではありません。

むしろ、現代の介護現場ではケアプランが根底にあって、その契約に基づき利用者は施設からサービスを受け取ります。

そして介護士は施設にサービス提供者として雇われています。

つまり、介護士は頻繁に利用者と接する立場ではありますが、実際には介護施設やケアプランを介した関係で、利用者にとっては介護士の想いや常識さえも求めているとは限りません。

今、こみちが勤務している施設では、「サービスを提供してあげている」という雰囲気が介護士たちに根強く残っています。

例えば、無言でいきなり上着を着せたり、車イスを押し始めたりする行為が頻繁に見受けられます。

もちろん、寒いだろうとか、定時のトイレ誘導とか、その行為にも理由があるのですが、多くは介護士と施設との間で決めた内容ですが、利用者には改めて説明するべきことに変わりありません。

「寒くはありませんか?」

「トイレに行きませんか?」

本来、介護士として働くとは、利用者のそのような声掛けをして当然です。

しかし、できない高齢者を施設で預かり、その世話を我々介護士が代行しているという意識のままだと、無言でいきなり始めても不思議には思わないのです。

女性利用者はなぜに暴力を振るうようになったのか?

語気を強める行動が見られましたが、こみちは暴力を振るわれたことはありません。

しかし、こみちが勤務していなかった日に、数名の介護士が叩かれたり、暴言を吐かれたり、蹴飛ばされたりと被害にあっています。

結果として、エリアマネージャー耳にも入り、今後の対応が検討されています。

すでに利用者の家族からは許可をもらい、興奮気味になってしまう気分を抑える薬を服薬するか否か担当医師を交えて話あわれているところですが、こみちはとても残念な対応だという認識です。

過去にも認知機能が急に低下した利用者が、暴れてしまったことがありました。

その時も服薬指導があり、暴力行動は収まりましたが、明らかに利用者の様子が一変しました。

薬の影響で、日中もフワフラとした表情で、声掛けにもほとんど反応しません。

辛うじて食べることはできましたが、トイレからオムツへと変わり、短期間で歩行さえ行えない状態になってしまったからです。

その時に感じたのは、攻撃性の見られる利用者をプロである介護施設でも預かり切れないことが出てしまうことが、不思議なことなのかという部分。

あまりに扱い切れない状況が見られた時に、それを専門に扱える施設は存在しないのでしょうか。

とても難しい話ですし、「介護」という言葉に含まれる本当の意味は、我々介護士が日常的に見ている世界だけとは限りません。

ある意味、暴れる女性利用者も、無差別に感情的になったりはいません。

こみちが感じる範囲では、彼女なりの理由があります。

ある意味でそれを探り、時には一般の利用者以上に時間や人件費を費やして担当すれば、一般的介護施設でも十分に対応できます。

その手間や回避策を考えることや精神を安定させる薬の投与には、簡単には説明できない問題が多く含まれています。

こみち自身、「精神医学」を専門に学んだ経験はありません。

それだけに実情も知りませんし、その対応についても分からないところがたくさんあります。

そもそもの認識として、何らかの理由で認知機能が低下し、暴力的になってしまった人を穏やかに生活させることはできないものでしょうか。

少なくとも、暴力的になってしまう女性利用者に関しては、精神医学に頼る要域とは思いませんし、薬を使う療法しかないとも思えません。

しかし、こみち自身がそう感じていても、出勤していない日は誰か対応しているのでしょうし、その度に叩かれて蹴飛ばされているのだとしたら、介護士として働いている人もいい気分ではないでしょう。

なので、「こうあるべきだ」と結論づけるつまりはありませんが、現状のようなケースは100人中、又は200人中に1人には見られるような状態なので、一般的な介護施設でもその対応を根底から検討するべきだとは思います。