病院での治療は終わったものの
普段からあまり連絡を取り合っていなかったこともあって、実際には最近の叔母の行動を把握してはいませんでした。
病院に運ばれたという話も、いつどこでどんな状況下でという肝心な部分はそっくりと解らないままです。
ただ、叔母が病院に入院し、そこで治療を受けていたという事実だけがあります。
そんな叔母の治療も快方に向かい、でも未だに独歩できる状態ではないということです。
そして、入院先の病院からは、退院後の準備を出しされています。
つまりは、「生活できないだろう叔母の生活をどこで過ごすのか?」という結論を早急に家族会議しなければいけません。
動かない父親に
こみち自身も妻も仕事を持っています。
父親にとってはかけがえのない兄妹なので、そこは父親自身の希望も含めて叔母の今後を考えて欲しいのです。
というのも、すでに隠居状態になっている父親は、上げ膳据え膳を当たり前にしていて、1日の大半をテレビ鑑賞で終えます。
「洗い物くらいできないのか?」
忙しいあまり、そんなお願いをしても、父親は嫌がるばかりで、最後は母親が「ずっとしていなかった」と助け舟を出します。
正直言って、今までしていたかどうかではなく、しなければいけない状況になってできないというのは大人として「アウト」です。
こみちの家の話だけではなく、仕事場でも同じことが言えるでしょう。
少し余談ですが、こみちと同じ時期に親指を腱鞘炎で痛めた同僚の介護士がいて、ある時期、手が痛いという理由で現場仕事を選んでいました。
こみちは、どちらが痛いのかを競争するつもりはありませんから、「できない」と公言されれば、こちらで仕事を抱えるしかないと腹を決めて、騙し騙し仕事をしてきました。
今でも痛みはありますが、幸い、ピークは過ぎたみたいで、無理をしなければ力を入れられないということもありません。
そして、その介護士が手術を受けたとか受けるとかで、しばらく休むことになったのですが、数日前から予定を変更して出勤しています。
しかし、「手が痛いので」という常套句を繰り返し、現場の仕事の大半をサボります。
正直言って、「そこまで痛いなら休めばいいのに」と思うほどです。
「痛いけど我慢すれば…」
毎回、恩着せがましく言うので、「こみちだって我慢している!」と何度言い掛けたことか。
中高年になって思うのは、誰だって健康や家庭、経済的な理由など、人はいろいろな問題を抱えながら生きています。
言い出せば、他人には言わない悩みなどいくつもあるはずです。
でも、それは「職場のみんなには関係ないことだ」と割り切るからこそ、実は秘かに大変だったり心配にしていることがあったりしながらも、別の場所ではいつもと変わらない態度で過ごすのが、社会人ではないでしょうか。
父親のことで言えば、叔母の状態や今後のことを彼自身で考えて、それを家族に話したとしても、それは特別なことではなく、むしろ当たり前のことではないかと思うのです。
もしも、叔母の状態を病院にいる間に確認したいのであれば、自分から面会の手続きをお願いするべきでしょう。
誰かが助言してくれないと前に進めないと諦めてしまうのなら、むしろその結末でも仕方ないくらいです。
必要な情報やある程度の選択肢を見つけて提示したにも関わらず、結局、一日中テレビを観て過ごしたと聞き、疲れて帰宅したこみち自身ショックで何も言えませんでした。
思うのは、父親という人間がこれまでどんな風に働いてきたのだろうということです。
そう思ってしまうほど、問題の重要なポイントを見失うものでしょうか。
加齢によるものなのか、元々がそんな人物だったのか、まさか80歳になる父親に、そんな疑念を抱くとは思いませんでした。
何よりも、それではまるで介護状態と同じです。
身内の行動を見て、そんなことを思うとは思いませんでしたし、父親自身もまた介護施設を利用するような時が来るのかもしれません。