中高年になって働くという意味
こみちも中高年なので、それなりに社会人経験がある。
個人で請ける仕事もしたが、グループやプロジェクトのために働いたこともある。
もちろん、ここ数年前からは介護業界に身を置き、日々利用者と向き合って働いている。
実は、前々から気づいていたことで、同僚の一人がいつもこみちよりも少ない仕事量に従っている。
例えば、自分がオムツ交換を3件すれば、こみちには4件、5件と任せたいのだ。
一方では、その人ができない業務もあって、それをこみちが淡々としている時は、フラフラと何もしていない。
利用者の離床させて、フロアに集合させた頃を見計らって急に姿を現し、まるで二人でしていたかの様な振る舞いをする。
とても残念なことだが、介護士の仕事は能力給ではない。
一件いくらで請負っている訳ではないから、1個の人も10個の人も基本給は同じだ。
つい先日も、こみちが施設内の会議の席で、施設長から意見を求められた。
その内容は、初めて入所された利用者を持てなすウェルカムセレモニーについての意見だ。
こみち自身は、老健という介護施設をどのような社会的位置付けで考えているのかがポイントだと思っている。
つまり、歓迎の意を表すことを否定するつもりは無いが、それが老健にどこまで求めているかである。
実際、利用者の家族にも様々な事情がある。
みんながみんな利用者と家族間でいい関係とは言えない。
例えば、入所前の検討段階で、我が施設は在宅復帰をモットーに掲げていて、そのためにはある程度の負担もお願いすることが利用者家族にも出てくると説明できるだろうか。
言い換えれば、何となく預かって、何となくケアプランが実行されて、結果的にADLは低下していつの間にか在宅復帰が困難な状況になってしまった。
何も計画していなければ、多くのことはありきたりな結果で終わる。
そうしないための介護サービスを提供するなら、最初から最後まで一貫した方針が必要だろう。
そんな風に考えた時に「ウェルカムセレモニー」って目標や意図が正直なんだか分からない。
何を期待しての行為なのか。
新しいメンバーが加わった!
辞職された介護士の穴埋めで、新しいメンバーが加わった。
しかし、いきなり新メンバーには厳しい現実で、以前勤務していた施設とは比べられないほど、作業項目が多いらしい。
以前なら、午前中を乗り切れば午後は少し余裕があったという感じが、現職では15分単位で次々に仕事が回されてくる。
その理由は、単純に仕事をしないスタッフが大量に紛れているからだ。
「次はこれをして!」
と言われて返事はしたものの、指示したスタッフは一歩も動かない。
「どうしたの? 疲れたの?」
何か言いかけて立ち止まった新メンバーに、真顔でそんなことを聞く。
「いいえ。別に…」
辞めなければと思ってしまう。
中高年が「生涯手放したくない仕事」を見つける意義
それは単純に、働き甲斐と継続したい仕事であることだ。
個人的な請負でも良いし、グループやプロジェクトでも構わない。
しかし、働いていることが虚しくなってしまうことは避けたい。
正直言って、オムツ交換の数を競い合っても、それでは利用者の適切な介護を提供できるとは思えない。
でも、現実はそんな環境で、だから段々と介護の仕事が虚しく思えてしまう。
そもそも、自分の仕事は「ここだけ」と勝手に項目を決めてしまう人が多い職場は苦労する。
抱えている仕事がある人に集中しても見て見ないふりをして、自分だけは楽なポジションを死守したがる人がいると、やはり職場は詰まらなくなってしまう。
介護業界というよりも、今の職場に入るまでそんな働き方をする人とは出会わなかったので、今でも自分の気持ちとして処理できていない。
もしもそうなら、無理に難しいことを掲げるのではなく、シンプルに作業して対価が得られる職場でいいと感じる。
皆さんはどう思われるだろうか。
現役の介護士さんや、これから介護士になろうか検討している人の気持ちを聞いてみたいと思ってしまう。