高齢者と暮らす (こみち家の日常)

最近、朝5時には起きる!?

介護の仕事でいない時以外、そしてダブルワークの仕事がある時でも、こみちは朝5時には起きてキッチンに立っている。

両親とこみち夫婦の4人分の朝食を作るからだ。

同居した頃は、母親や妻が作ってくれたこともあるが、妻は仕事で忙しい。

母親はというと、今でも6時過ぎに起きてくるが、リビングに現れてカーテンを開けて、洗面所と何往復かするとまた自分の部屋へと戻っていく。

6時半には朝食とこみち夫婦分の弁当も作り終えて、一旦、自分たちの寝室に戻る。

すると、決まって母親がキッチンで何かを始める。

時に、リンゴを剥いたり、即席で一品料理を作ったりと、「主婦」としての気持ちが芽生えくる。

以前、こみちは朝に記事を書く仕事をしていた。

朝は頭もスッキリしているから、記事を書くのに最適なのだ。

でも、同居が始まってからは月に数回、誰かが朝食作りを代わってくれるが、それ以外はこみちの役目になってしまった。

ため息をつき、いかにも大変そうな母親を見て、こみち夫婦も早く起きるようになったからだ。

両親との同居前は、夫婦の仕事や時間によってもう少し朝も遅く起きられた。

しかし、同居が始まると、「朝食は7時」と決まっている両親のライフスタイルを保つためにも、5時の生活が変わることはない。

仕事がある朝は、こみちだって決して暇ではない。

けれど、母親に頼めるかというとそこは難しいのが現実だ。

7時に合わせて起きてくる父親のために、時には好物の柿をむき、準備するのが負担ない家事になっている。

玄関に置かれた段ボール箱!?

先月からその段ボール箱が玄関に置かれた。

中身は母親たちが使うものだが、それに妻は難色を示している。

「いつまで置くの?」

妻に問われて母親に聞けば、「そう長くないから」という話で、渋々納得してもらったのも先月だ。

そして、今朝も妻に問われて、同じように母親に聞けば、「まだ残っているから」という。

起き始めた時は「長くない」だった理由が、いつの間にか置くのが当たり前で「残っているから」置き続けていることに理由が変わっている。

実はこればかりではない。

母親や父親は何故かトイレットペーパーをまだ残っていても新しいものに取り替えて、残りを目の前の棚に乗せる習慣がある。

妻はそれが貧乏くさい習慣だと嫌がる。

しかも残すのは一回分ほどの微妙さで、母親は自分で使うつもりかもしれないが、段ボールの話同様に、理由や目的がいつの間にかすり替わることも多い。

妻も気を使っているが、きっと両親も同じだろう。

そして、こみちも両者と妻の板挟みになっているから、どうしてもストレスは溜まってしまう。