中高年の介護職が「現状を打破」するために考えること

 マーケティングでの正論

「理想」や「幻想」という意味合いでは、「完璧」な人間を目指すことが現状の打破に繋がると思って来た。

その意味では、一流大学と一流企業の組み合わせ、結婚で家柄と、「完璧」に近づくきっかけ作りが秘訣だったのだろう。

確かに稼げる仕事や自由に動かせるお金、円満な人間関係が、幸福を与えてくれると感じる。

「世の中はお金ではない!」と言いたいところだが、中高年で感じる「不満」の多くは「お金」で解決できる。

ではできないものとは何だろうか。

それは「愛情」を感じられる感覚を持ち続けることだろう。

人は面白い習性があって、「満たされている環境」で幸福を感じるのではない。

マーケティングの理論を使うなら、「幸福だと思えること」で評価は変動される。

つまり、自身がどれだけ「満足感を見つけられるか?」にポイントがある。

例えば勤務している「介護施設」の場合

最近は介護士として働いて来て、有難いことに利用者から温かく迎え入れてもらえている。

未経験から入職し、何年も勤務できた理由も「望まれているという幸福感」があるからだ。

もしも、介護の仕事を事務的に捉えて、利用者からの評判を意識することもなく働いていたら、きっともっと早くに仕事を変えていただろう。

昨日の記事でも触れたが、介護業界の離職率が高い理由の一つが「職場環境」の不満があげられるだろう。

もしも、こみちが介護業界に身を据える覚悟があるなら、今の職場環境ではまともにサービスを提供できていないし、職場で働くスタッフの問題点に着目するだろう。

「中高年の生き方」を考えるのに比べて、「企業の業績」「労働環境」の改善は、修正するべきポイントや方法が明確で、本来なら改善しやすい課題とも言える。

ただ、入職当時の職場環境が標準的に相当する「5〜6/10」点のB評価だとしたら、今は「4/10」点のC評価になっている。

このC評価の厄介なところは、低評価の時期に入職したスタッフが、その環境下で仕事を覚えてしまうことだろう。

つまり、施設として環境改善を果たそうにも、スタッフは本来の目標とは大きく異なった意識で「介護」という仕事を誤解してしまう。

以前から別の担当エリアで働く、ある一人の男性スタッフの振る舞いに違和感を持っていた。

きっかけは、更衣室での「噂話」だろう。

同じ配属の後輩たちを捕まえては、「仕事はこうするべきだ」とか「あのスタッフは仕事ができない」と繰り返し触れ込む。

こみちは配属も異なるし、挨拶程度で距離を取っていられるが、同じ職場とか、もっと若い年齢なら、正誤は別にしても擦り込まれたことが今後の仕事に影響を与えるはずだ。

というのも、別の機会に食堂で問題となっている配属先のスタッフが、「なぜ指示しても動かないのか?」と若いスタッフに言い寄っていた。

その時に答えたのは、「例の男性スタッフからの指示で、優先される仕事ではない」と言われたからだと説明していた。

もちろんそれを聞いたスタッフの方は憤慨していたし、「彼」の指示など聞かなくていいとも告げた。

興味深いもので、例えば職場の「風通し」とは、価値観や目標がどれだけ統一されているかを示している。

現状でどれだけできているのかは二の次だとして、先ずは職員全体でどれだけ「共通認識」を持っているかがポイントだろう。

そのためには、施設として個々のスタッフから問題点や不満を聞き出すことから始めて、施設の今後をしっかりと説明しなければいけない。

実はかつて関わりがあった会社の一つがとても社内関係が悪く、経営陣と現場が二分されていた。

そして、ある時期に現場のスタッフが大量に辞職し、一新されたことがある。

企業の改善という意味では、現場の一新も解決のきっかけにはなるが、それだけで問題が解消されたのではない。

つまり、施設としての「考え」を明示し、それをスタッフに望む理由をしっかりと説明することだ。

そのことと、こみち自身の現場の利用者から温かく迎え入れてもらえているのは嬉しいことだが、それだけでは施設全体が改善されるものではない。

特に介護施設の方針とは、一般的企業のように「売上」や「生産性」のような数値化に向かない側面がある。

こみち個人的なところでは、「雰囲気」とか「人当たり」が現場スタッフに求められることで、利用者のお世話はペットを飼育しているのとは異なる。

当然に思えることだが、意外と問題はそこから説明しなければいけない。

今、職場環境改善の一環なのか、以前よりもいろんな所で作業手順が決められている。

臥床時の背もたれの角度や、車いすの止める場所や角度のような類いである。

それ自体を決めることに反論は無いが、逆に言えばそれを決めなければいけない「理由」や「背景」の方が気になってしまう。

というのも、現状の施設改善に於いて、少し順番が違うように思える。

こみちが現状の施設環境改善を担当した時に、どこまで真摯に取り組み、やり甲斐を感じることができるのかと思うと、正直なところあまり乗り気ではない。

それこそ、施設のベース作りができて、改善する見通しが出来るまでを担当するなら、数千万円の報酬が相当なくらい大変なことだ。

例えば年間の報酬が3000万円として、それをこみちが請け負えば、24時間いろんな職場に顔出し、問題点を探すだろう。

机上で考えるのではなく、現場を見て、スタッフの動きを見てと、どこに問題があるのかを探すことから始める。

金額として3000万円というと、誰がそんな金額を出すかと思うかもしれないが、年収3000万円をもらって働く人がどれだけの仕事をしているのかと考えた時に、施設の立て直しに身を捧げるボリュームは割に合っているとは思わないほど格安な金額だ。

なぜなら、評判の良い、働きがいある職場環境ができれば、働く人だけでなく、働きたい人も集まってくる。

それはつまり、人手不足から生じる最低限のサービスではない。

良い循環ができれば、それだけ利用者の希望を叶えられるし、介護の仕事を通じて得られる満足感も大きい。

今後、30年、50年と施設が経営されるのであれば、一時的な3000万円など、それほど大きな金額ではないことが分かるだろう。

しかし、仮にそんな金額で依頼されたとしても、こみちは受けるつもりは無いし、できるなら別の働き方を探すだろう。

理由として、施設内にキーパーソンとなる人物が既に離職していないこと。

つまり、容易に施設立て直しには、その人材作りから始めることになるなる。

言い方を変えれば、それだけ施設経営が瀬戸際で、かなり末期的な状況に陥る可能性も含まれているのだ。

こみち自身の場合

先日、ケアマネに同行して利用者宅を訪問する機会があった。

以前、小さなデザイン会社に勤務していた頃、個々のデザイナーが独立して案件を抱えて、社内で制作し、クライアントとの調整も自身で行うスタイルで、勤務時間中の拘束がほとんどない職場だった。

会社の車で、数件の企業先を巡り、打ち合わせや途中段階の成果を確認してもらい、成果物を納品する。

ちょうど、ケアマネの自宅訪問はそんな雰囲気で、保険屋や証券会社に勤めても似たようなことをするだろう。

今後「介護福祉士」の資格を取得し、そこからさらに5年以上のキャリアを積み、「ケアマネ」を目指す目的を見出せるか想像していた。

広告制作の仕事とは異なり、介護の場合には明確な正解が毎回異なる。

言い方を変えれば、ケアマネとして提案できるのはもっと後の部分で、本来ならもう一段階前に「利用者と家族にとっての未来」を考えてもらう担当者が必要だ。

自宅訪問して思うのは、ケアマネの滞在する30分程度では、事実確認するのがメインであって、改善提案は難しい。

どうしても利用者の意向、家族の意向を担当するケアマネだけで担うことはできない。

そうなって来ると、ケアマネも仕事をこなす意識が強く、「より家族たちにも親身になって」と思うような最初の意気込みは薄れてしまう。

だからと言って、サービス残業や休日を潰せば対応できなくも無いが、ケアマネを目指す魅力はどうしたって半減するだろう。

それこそ、保険屋や証券会社に勤めて、顧客対応する方が報酬も得られるし、働き方としても理想に近い。

つまり現状として、一勤務いくらという契約で働く方が都合も良くて、別の仕事で見込みが立てば、さらに介護職の勤務時間を減らし、段階的に自身の理想的な働き方を目指す方がいいと感じる。

何より、中高年で仕事が見つからない時でも、現状なら介護の仕事ならたくさんあるし、自分の希望に合った働き方が介護職なら見込めるからだ。

その意味では、働き方を模索する前提で、介護の仕事に関わるのも悪くない選択肢だと思う。