仕事を終えて帰宅してみると
数ヶ月前から始まった両親との同居。
ある意味で施設内のイメージが、ほぼ同じ状況で自宅でも起こる。
「どうして電話しないの?」
偶然に耳にした会話で、こみちが足を止めた。
「それで何と言われたの?」
心配そうに聞いているのは母で、その向こう側にテレビを見つめる父がいた。
「…。うるさぃ!!」
それはいつものかんしゃくを起こした時の父の口癖だった。
「うるさいって。あら、こみち」
そこで、父が初めて視線をこちらに向けた。
母の話によると、独身の叔母が救急車で病院に運ばれたらしい。
そして、こみちからすると従兄弟から父に連絡が入り、入院するから病院に様子を見に行ってくれないかと持ちかけられたと言う。
叔母は独身を貫き、自由奔放に生きて来た女性だ。
大きな声では言えないが、過去には父の家で暮らした時期もあった。
しかし、兄弟でも誰かと一緒に暮らすのは苦痛らしく、叔母はふと家を出て行った。
そんな行為もあって、父は叔母のことを快く思っていないらしい。
アパートには入れない!?
叔母の住んでいる場所は、父も把握しているみたいだ。
しかし、もう何年も前に訪ねた切り、足を運んではいない。
その時も、住んでいるアパートには招き入れられず、近くのファミレスで近況を交わしただけらしい。
それもずっと昔のことで、こみちは叔母の住まいを漠然と承知していても、詳しくは知らないほど、他人を避けて暮らしている。
人は自由でいい!?
こみちは「人は自由でいい」と思っている。
介護士として働いている時も、利用者にはできる限り「自由」を提供したい。
でも、別のスタッフは、決められた時間以外は対応しない徹底ぶりで、頼まれても断ることが多い。
そして、利用者たちはどこか寂しげに見えるし、久しぶりに顔を出せば性格まで違っていたりもする。
中高年から高齢に移行する年代になると、自由は個人だけでは叶えられない。
誰かによって支えられるからこそ実現するのであって、その支援がなくなれば人は自由ではいられない。
つまり、入院を余儀なくされた叔母は、今まさに自由を奪われてしまった。
とは言え、まだ入院した病名も叔母の健康状態もはっきりとは把握できていない。
従兄弟の説明によると、父に連絡が寄せられて、どうやら病院に様子を見て来て欲しいらしい。
「勝手にすればいい」
母に迫られても、父は頑なだった。
「こみち…」
そして、こみちに母が助けを求めて来た。
こみちが伝えたこと
父の兄弟も今は叔母と二人だけしか生きていない。
ここ十数年で、他の兄弟は他界していた。
何年も前には、年末年始になると親戚たちが父の家に集まり、母や妻がキッチンで慌ただしく料理を作っているのを思い出す。
その頃は従兄弟たちも泊まりに来ていて、将来のことや近況などを話したりしたものだ。
しかし、人は皆年を取る。
そして、人が変わることもある。
仕事で行き詰まったり、掛け替えない人をうしなったりすれば、しばらく見ない内に印象もガラリと変化してしまう。
叔母と言う女性がどんな性格で、どんな生き方を望んでいたのかも実はあまり考えたことはなかった。
こみちとしては「人は自由でいい」と思う方だから、個々に望んでいるように生きていいと思っている。
しかしながら、介護士として働き、自由は当たり前にあるものではないと知った。
「病院に行ってあげたら?」
こみちの言葉に、テレビ画面を見ていた父だが、耳を傾けているのはわかっていた。
「父さんしかいないだろう?」
何も言わずに父はまだテレビを見ていた。
父だって最近は老いる自分自身を受け止めようと必死だった。
仕事をリタイヤして、同居を始めたのも、ある意味で両親の介護の一環だ。
こみちと言う頼りない息子ではあるが、一緒に暮らせば少しは安心もできる。
一方で、自由は互いに失った。
時に嫁は何も不満を言わないが、予想もしていない同居に話が違うと思っただろう。
結局は誰かの自由を犠牲にして、誰の自由が保たれる。
母が席を外して、父とこみちだけになって、話をさらに踏み込んだ。
「とりあえず明日、病院に連絡してみようよ。父さん」
父が初めて小さく頷いたので、もうそれ以上は何も言わずに、こみちもその場を離れた。
廊下で母と会い、「どうなの?」と聞くから「病院に連絡するらしい」と伝えた。
こみちが自室へと向かう途中、母の声だけがまだ一階から聴こえていた。