こみちの人生は「夢」しかない!?
もしも、こみちの幼少期を詳細に語れば、どんな家庭環境と比較するのかにもよるけれど、割と大変な方に入ると思う。
小学生の頃は、理科系の興味が強くて、小3くらいでsinやcosの存在に迫られた。
学んだのではない。必要になったというのがポイントだ。
そもそもは、「距離」というものに関心を持ち、どうすれば計算で測ることができるのかを考えた。
数学を学んだ人なら「なるほど!」と思ってもらえるはずだが、「sin」はそのためにも使える。
一方で、ストップウォッチが欲しくて、しかもコンマ2桁、3桁まで測定できるタイプを理想としたのも、より詳細な測定ができると思ってのことだ。
ボールを頭上に投げて、その落下時間を計測し、最高到達点を計算する。
それが小学生だった頃のこみちの一人遊びの1つだ。
そして、ラジオから扇風機、いろんなものを分解して、また組み立て直すことも好きだった。
最初は遠慮がちにカバーの着脱だけだったのが、次回はパーツまで外し、その次はパーツをさらに分解してみるという具合。
当時の夢は、数学者とか物流学者とか、そして大工さんや電気屋さんにも憧れた。
そんなこみちも大人になって、生まれた長閑な田舎から都会に出て、今では地下鉄にも平然と乗っているのだから笑えてしまう。
楽しく刺激的だった青年期を過ぎて、中高年と呼ばれる年代になる頃には、体力や気力にどこか翳りも見えてきた。
幸い、大きな病気などはないが、「生きること」の意味を見失った時期もあった。
「なぜ、生きるのだろうか?」
そこには、毎日が繰り返しになって、その先に何が待っているのかと感じた時期と被る。
介護士になったのも、仕事を辞めて次の仕事は以前とは異なる職種から選ぼうと思ったからだ。
ハローワークで介護士のことを聞き、職業訓練校を勧められた。
期間は6ヶ月。
こみちには人生を考えるのにちょうどいい時間が与えられた。
会社に行くように、カバンに教科書を入れて電車で通う。
訓練校では、5時間とか6時間の授業があって、試験もある。
試験の前の日は胃が痛くなったし、好きなテレビも見られなかった。
まるで学生時代に戻ったかのようだった。
そしてどうにか卒業し、再び就活へと戻る。
正直なところ、学校でも学習を経験し、介護士には向かないと思った。
だから、介護士にはならずに、以前より始めていたライターに戻ろうと考えていた。
「介護士をネタにしたら? いやなら辞めればいいじゃない!?」
そんなアドバイスをくれたのは妻で、確かにそうだとも思った。
中高年になり、仕事を探さなければいけない人はいる。
職歴がどんなに充実していても、中高年になると働き方や生き方を見直したいと思う時期が来る。
そんな時に「介護士」という仕事が目に止まるだろう。
オムツ交換できる!?
多くの先輩からが「排せつ介助」はすぐに慣れるとはずだと言った。
実際には、すぐではないが、不器用なこみちでもできるから、ある気の問題だと言っていいだろう。
思うに介護士として働いて、「ここまで」というマスターしたいレベルは人それぞれで、介護に対する考え方も個人差が大きい。
つまり、利用者となった時に適応な介護士には担当して欲しくないだけで、出禁を言い渡されているスタッフはいる。
幸い、男性のこみちでも、女性の入浴支援に関わっていた時期はある。
ただ、個人的にはこみち自身が抵抗感もあり、だんだんとシフトで組まれなくしてもらった。
代わりに男性の入浴を担当することが増え、特に体位を保持できない利用者の身体を洗う時は神経を使う。
未経験の方に想像してもらうとしたら、泥酔した人の衣類を着替えさせるようにもので、人の腕は足は重く、傾ければそのまま倒れてしまう。
片手で支えながら、もう片方で洗うのだが、横たわる人の髪を洗うだけでも簡単ではない。
YouTube で美容師さんがシャンプーの手順を解説していて、それを繰り返し視聴しては実践で活かして、段々と慣れてきたのも思い出だ。
個人としての「自由」と社会としての「役割」
例えば、何らかの理由があって、子どもの頃から学校にも通わないとしよう。
今の時代なら、YouTube で当たれば、並のサラリーマンよりも稼ぐことができる。
それが小学生や中学生でできてしまった時に、YouTuber を「職歴」と考えるかは判断が難しい。
昨今、YouTubeで人並み以上に再生回数を獲得することは簡単ではない。
そのためには、きっとテクニックやコツがあって、活躍している人は何らかのタイミングで習得しているのだろう。
もしも、こみちがYouTube の世界しか知らなければ、今のようなミスはしなかっただろうし、逆に知らずに生きてしまうことで遭遇する過ちも無いとは言えない。
過ちの一つが、「生きる目的」を見失うことだろう。
社会は冷たくて、孤独を感じる場所でもあるが、温かくて楽しい場所にもなる。
仕事で難しい局面をみんなで乗り越えて、その打ち上げの席でこれまでの労をねぎらうことができるのはいい思い出だ。
学生時代のグループ研究で、ある学生のアパートに集まり、みんなでレポートをまとめたことも今はもうできない。
こみち自身は、ものづくりに関わる仕事をしていたから、作ることで対価を得て、それを仕事にすることに抵抗感はない。
YouTubeでの動画制作も、同じ感覚で考えると想像の範囲だ。
しかし決定的に違うのは、製作の現場から足を洗う時期を迎えた時だろう。
きっと動作制作のノウハウがあれば、どんな職種でも働ける。
ただし、扱う内容こそ違っても、見てもらえるコンテンツ製作から離れることができないだろう。
なぜなら、そこの仕事が慣れているし、得意だからだ。
そうなった時に、社会との交わりが特殊ななるほど、YouTuber としてしか生きられないことになる。
これはこみちの体験だが、「他にもできる」が自分を助けてくれる。
それしかできないと思って生きるほど、辛いものはない。
「自由」を得たつもりが、段々と自身が束縛されていると感じて、自分を見失わないようにしたい。
その時に「社会」という役割にも目が行くだろう。
もしも社会としての機能が存在しなければ、おちおち交差点を通過することさえもできない。
信号があって、それを社会として守ることになっているからこそ、信号だけを見て通過することができるのだ。
批判はあるとしても税金を納めることで社会は存在しているのだから、自分には関係ないと言い張って自由を謳歌するなら社会の機能も優しくしてはくれないだろう。
しかし、実際には病気になれば医者に診てもらうだろうし、高齢になって現実との区別がつかなくなれば最寄りの介護施設を利用することもあるだろう。
年齢を重ねごとに、社会の役割に頼ることが増える。
それは若い頃には感じないし、自分だけは関係ないと思うこともあるだろう。
義務を果たすと、自由はそれほどある訳ではなくて、多くの人がしている生き方に近づいて行く。
案外、人の人生には差がなくて、成すべきことを成した人生を送った人ほど、どこか似ている部分がある。
個性的で自由を優先した人ほど、晩年は社会に助けられていることもあるだろう。
いろいろな生き方を認めてくれるのも社会の寛容さではあるが、それは当たり前なのではなく、我々が社会とは何かを考えた時に、幅広い生き方を理解し、受け入れることにしたからとも言える。
例えばもしもこれが高額納税者から優遇される社会だったら、社会を支える仕事をしていても、大きな対価を得られていない人は報われないことになる。
それはおかしいし、職業の選択は自由であり、平等であることも保持されべきだと考えたからこそ、今の社会になった。
つまりは、どんな人でも社会はある範囲で支えてくれるようにできているが、それは多くの人の理解と寛容さによる総意から成り立つものである。
そのことを踏まえると、稼いでいるからいいだろうという考え方は少し誤解があるように思えてしまう。
もっと言えば、社会が未来に発展していける経済活動であることが重要で、実は収益そのものの大小は別の人に任せてもいいくらいなのだ。
ついつい、夢を叶えるという話をする時に、自身のことを考えてしまうが、本当に考えるべきことは社会がどう受け止めることになるのか部分。
つまり、全ての人がYouTubeで釣りや旅行の動画ばかりを作っても社会としては困惑してしまう。
なぜなら、社会を実質的に支えてくれる人がいるからこそ、個人の自由もまた守られているからだ。
社会はコンパクトであるべきか、温厚であるべきかは時代によっても異なるが、自由同様に失ってしまっていいものではないから、「生きる」を考える時に個人としても、社会の一員としても、振り返ることが必要になってくる。