そもそも「仕事」とは何か?
憧れの仕事を尋ねられて、例えば「イラストレーター」や「美容師」などと夢を語る人がいます。
こみちは絵画の世界を全く知りませんが、ゴッホの「ひまわり」やレオナルドダビンチの「モナリザ」が、何世紀にも渡り我々に語り継がれる作品なのでしょう。
その間にも画家と呼ばれる人はたくさんいて、何らかの意図を持って作品を作ってきたはずです。
では、プロ野球選手の中で、入団したものの一軍に登録されずに球界を去ってしまう人がどれくらいいたでしょう。
それこそ、1つの会社に入社した人もいれば、訳あって去った人もいます。
でも、彼らのことを多くの人は思い出すこともないでしょうし、名前や顔を覚えていたならすごいことです。
つまり、ある個人が憧れる仕事というのは、夢が叶おうと叶わずに終わろうと、多くの人にとってはそれほど関心あることではありません。
もっと言えば、社会という大きな集団の中で、個人の希望はとても優先順位が後ろなのです。
それはどういうことかというと、社会で存在する「仕事」はまず我々個人が希望するような仕事ではないということ。
カラオケでいつも100点満点を取れるからと歌手を夢見ても、プロダクションに入るのも大変ですが、全国の人に知られるほど売れるとなるとさらに難しいことです。
なぜなら、毎年多くの歌手を目指す人が業界の門を叩き、そして知られることなく去っていく人が大半だからです。
「音程通り歌えること」や「写真そっくりに描けること」は、既に機械の方が人間よりも上手にこなします。
つまり、「プロ」に求められているのは、どんな職業でも「上手いか下手か」ではなく、「必要とされるか否か」なのです。
仕事に行きたくない理由が、もしも「大変だから」ということなら、正に「仕事」の本質に気づいていることを意味します。
確かに「天使の歌声」を持つ人は存在し、その人が歌うだけで観衆が涙して感動するでしょう。
しかし、そんな素晴らしい才能を持っていたら、どこかで軽く歌ったことが噂になり、やがて業界にも情報が届き、スカウトマンが必死に居場所を探すことでしょう。
言い方を変えれば、自身で売り込む必要があるということは、その時点で「天才」ではありません。
売れるために努力をして、現状で足りないものを補うレッスンも必要です。
先にも言いましたが、それでも多くの人は、日に目を見ることなく去っていくことになります。
こみちだってそれくらい理解しているのだ!
でも、介護士の仕事がある日はとても憂鬱です。
行きたくありません。
正直なところ、全く面白くないし、興味さえありません。
なぜって職場に行けば、何をしなければいけないか分かります。
それもマイペースでは終えられない分量を必死になって脇目も振らずに取り組まないといけません。
行く前から大変なことが想像できます。
組織の運営の話をするなら、そんな労働環境の調査や改善策はとても大切なことです。
しかし、一般の労働者にすれば、給料が欲しいなら頑張るしかありませんし、嫌なら辞めるしかありません。
そこで考えることは、辞めて別の仕事場が自分の理想に近いかどうかでしょう。
全くスキルも磨いていないなら、採用枠があっても採用されませんから、辞める前に転職に向けた「準備」が不可欠です。
しかし、例えば歌手になりたい人が「準備」として、ボイトレに通うことは珍しくありませんが、レッスンはここで言う「準備」ではありません。
先にも言いましたが、「歌が上手いこと」はプロなら当然だからです。
だから、歌のレッスンが「準備」に含まれず、何が準備になるのかと言うと、自身の歌声がどんな分野の歌に合っていて、どんな人に求められているのかを研究することです。
つまり、「何を求められているのか?」を知ることです。
往年の「聖子ちゃん」のようなアイドル歌手が向いている人もいれば、人生の侘び寂びを歌える演歌歌手が適していたり、カラオケの見本を歌う人だって「プロの歌手」です。
同様に、イラストレーター志望の人が、既に活躍されている先輩イラストレーターの作風に似ていたら、プロとして依頼がくるでしょうか。
最初は、低価格を武器に描かせてもらうことはできるかもしれません。
しかし評判になるにつれて、「その作品は贋作では?」と偽物呼ばわりされてしまいます。
誰の画風にも似ていなくて、作品を見れば誰が描いたものか分かるくらいインパクトのある作風を作ることが、プロのイラストレーターとなる一歩でしょう。
では、介護士のプロってどんな人でしょうか。
思うところ、介護士の場合は同じプロでも歌手やイラストレーターのような「独自性」は必要ありません。
むしろ、同じ品質のサービスをミスな熟せることが重視されます。
こみちが介護現場に行くと、本当に動きっぱなしで必死になります。
もっと楽にできないものかと思いますが、いつも忙しくて疲れ切って1日が終わります。
そうなんです。
それこそが「介護士の仕事」なのです。
別の意味で、利用者との接し方のテクニックやノウハウはあるとしても、ベースは忙しくて大変な状況になります。
だからこそ自宅で家族が介護することもできず、介護施設に預けることで家族の暮らしも保たれます。
今後、こみちはどうすればいいのか?
行きたくないなら休むか辞めるしかありません。
でも、休んだ日に同じシフトで働いているスタッフは、人数が減った分、いつも以上に忙しくて「介護士はツラい」と思いながら踏ん張ってくれるでしょう。
確かに期待しているスタッフが休んでしまうと、正直愕然としますし、必死さも覚悟します。
マストとなる作業を優先すれば、それでも仕事は回せます。
ただ、利用者にすれば余裕あるサービスではありませんから、こんな状況が続けば、施設としての評判は下がるでしょう。
ただし、個人であるこみちが施設運営の裏事情まで気にして、自分を壊す必要はありません。
行きたくない日は、休んでしまえばいいですし、一ヶ月経っても行けないくらいなら辞めてしまうのも方法です。
頑張ることで、何かが得られると気づいているなら、ぜひとも頑張って欲しいところですが、既に学ぶべきことがなくなってしまったら、転職も有効です。
今すぐに辞めて、明日からできる仕事があるなら迷う必要はありません。
しかし、すぐに始めたい仕事が見つかっていないなら、自身の生活のためにも介護士を続けていくことも大切です。
でもまた一周回って、「行きたくない」に戻ってしまいます。
介護士仕事を辞めて、すぐに始めたい仕事があると一番いいのですが。
誰もが思う悩みではないでしょうか。
