介護系の講師に感じる「特有の傾向」とは?

 介護系セミナーが苦手!?

現役の介護士として働く方で、定期的に介護系セミナーを受講されている方がどれくらいいるでしょうか。

こみち自身が介護業界に興味を持った時、「介護サービスがどう提供されるのか?」はとても大きな関心ごとでした。

なぜなら、「衣食住」こそ同じでも、人はそれぞれ異なるライフスタイルを持っているのに、それを踏まえてどう対応するのか気になったからです。

それこそ、一流ホテルマン同等とはいかなくても、アルバイトなどで自然に身につけた「応対」では賄い切れないと思っていたこともありました。

しかし、結果的に言えば、そもそも「接遇マナー」が根底にあるとは思えない状況です。

それは、介護保険制度が導入された2000年以前の処置制度の名残りを今でも残しているからでしょう。

過去に誰かが言った言葉が、ずっと受け継がれて行く。

そんな風潮が色濃く残っているのも、介護業界です。

例えば、こみちがある介護系セミナーを受講した際、講師として現れた人はほとんど表現を変えることもなく軽い挨拶だけで話を始めました。

それだけセミナーの内容に入りたかったと言えばそうなのですが、教壇の台に片腕をつくような立ち方をしているので、両肩が水平ではなく、少しもたれかかるような姿勢です。

しかも無表情。

ある意味で、これが業界を牽引する講師の意識なのかと感じました。

しかし、この講師だけではありません。

これまで何度かセミナーを受けて来ましたが、一般企業のプレゼンに慣れているこみちにすると、「待った」が掛からないことに違和感を覚えます。

介護現場では対応を変えられる!?

面白いもので、セミナー講師も以前は介護スタッフとして働いていたり、二足の草鞋で兼務されていたりするでしょう。

しかしながら、今、声のトーンがどうなっているのか、聞いている相手がどんな表情なのかを感じ取ることに意識が向いていなければ、「自分は正しい」というスタンスから抜け出せません。

こみち自身はこちらが100%正解の時以外は、相手の話に先ず耳を傾けて聞くことを選びます。

中には、確かに意味不明に思える言動もあるでしょう。

しかしそれでも、相手、特に利用者は本気でそう感じているのですから、頭ごなしに否定しても受け入れられるはずはありません。

つまり、この状況でどちらに「分がある」のか、ではなく、「自立支援の精神」から相手を優先した思考が求められます。

だとしたら、講師が聴取者の前に立った時に、「よろしくお願いします。〇〇についてお話ししますので、今後の参考になればと思います」などと言っても不思議はありません。

業界では先輩後輩になるのですが、聴取者はこの場合、料金を支払っている「お客様」だからです。

もう一つ、気になるのは、誰々が唱えた「〇〇」ですが、という事実前提での論法です。

これは個人差があるのかもしれませんが、言葉をよく断定的に用いて、それ以外の解釈を否定して聞こえます。

「介護スタッフは〇〇と意識して対応するべき」というようなフレーズは、そもそも使用するべきではありません。

なぜなら、利用者の状況や介護スタッフの立場によって、アプローチは無数にあるからです。

実際、あるスタッフが先人を切り、その後のスタッフが現れて丸く収まるということが多々あります。

つまり、どんなに信頼関係があっても、気分によっては別のスタッフが心地よい時はあります。

むしろ、例外を挟まないようなフレーズがあるならぜひ聞かせて欲しいものです。

きっとそれは高校までの学習と大学等で行う講義の違いでもあって、公式や法則については余談を挟まないとしても、そこからさらに話を展開する時には、特に大学の授業では学生に意見を求めたり、さらにそこを掘り下げることで、条件の違いによる有効性を学びます。

きっとこれが医学や看護学の世界なら、これまでの論文が証拠としてあり、導けた背景を辿ることができます。

ところが、介護に関しては往々にして、根拠が語られることなく、既成事実として一方的に話が展開します。

「利用者を無条件に受け入れてみてください」

そんな無責任な言葉ってあるでしょうか。

人が一人の人を助けることさえ簡単ではありません。

どこかで限界があって、それを理解し、されながら、でも介護士としてできる限りのことをしたいと悪戦苦闘している状況です。

だからこそ、「ケアプランは適切なのか」「利用者家族との関係性は進んでいるのか」など、介護現場だけでは補えない部分をケアマネや施設、相談員に我々介護スタッフは委ねているのです。

しかし、不思議な行動や理解に苦しむ言動を見ると、我々の「苦労とは何なのか?」と感じます。

それは「寿命です」「既往歴からも明らかです」などと説明されて、いい施設に預けたとは思わないでしょう。

スタッフとして試行錯誤や達成感を得たくても、それを評価してくれるシステムもなければ、ほど全てが奉仕として扱われます。

当然ですが、スタッフ間の考え方にも差が生じますし、結局のところは変化無しで終わることの方が大半です。

だからといって、無理と思いサービスの内容を限定的にするかは、介護士としての葛藤です。

そんな思いでセミナーを聞き、何か工夫するきっかけにならないかと思って聞いていても、抑揚のない平坦な話し方をする講師から、何を学べばいいのか戸惑います。

この講師がどんな経歴で、どんな介護現場で、どんな成果を上げて、教壇に立っているのか気になります。

特にセミナーで、「何を伝えたいと思っているのか?」そして、そのためにどんな個人的なエピソードや体験を持っているのか知りたいです。

実は実務者研修を受けていた時にも、いろいろな講師から授業を受けました。

その時には全く感じなかった感覚が、今になると強く感じます。

「ケアマネは、家族との関係性で苦労も多い」

それは実際にある講師から聞いた話で、ケアプランを作ることがケアマネの仕事ではなく、むしろ家族間に調整に苦労することも事実だからでしょう。

その時に、どう信頼されるのかがケアマネの実力ですし、これまでの実績が今後の仕事ぶりにも影響します。

個人的には一方的な営業の方が楽ですし、報酬もいいでしょう。

しかしそれだけで働く訳ではないので、ケアマネとして頑張る人がいるのでしょう。

ただ、例えばデザイン業のように個人の努力でカバーできるならいいですが、結果は施設の実力によってケアプランも限界があります。

そう考えると、ケアマネとしてのやりがいは、幾つもの条件が重ならないとできません。

こみちが、ケアマネを目指さない理由の一つです。