改めて思う「介護の仕事」

 ターミナル後期の利用者

一般にターミナルケアが開始されると、利用者の延命ではなく、最期を少しでも快適に過ごし迎えてもらうケアに移行されます。

例えば、朝昼晩の食事量、水分摂取はもちろん、服薬に関しても停止されるなど、利用者目線で「無理をしない」ことが優先されるのです。

介護施設と言っても、「ターミナルケア」を行わない施設もあり、こみちの勤務している施設の場合はターミナルケア対応なので、今までもいろんな人の「最期」に寄り添ってきました。

「ありがとう」

そんな言葉を最後に残し、天国へと旅立つ利用者の痩せた手を握りしめていたこともあります。

また、仕事中に呼び出され、利用者の部屋に行くと既に最期を迎えた直後だったこともあります。

言い換えれば、その隣の部屋では、新たに入所された利用者がいたりして、それぞれの人生が小さな施設内で繰り広げられています。

あの人は入院している!?

他の利用者に不安を感じさせないように、最期を迎えた時はできる限り目につかないように配慮します。

例えば、定期的に行うレクリエーションをいつもとは異なる場所で開催し、利用者が居ない時間にベッドごと運び出すのです。

死亡診断書などの手続きを済ませ、時には施設の一室に運び込まれた「ベッド」は、提携している葬儀屋に引き渡されることもあります。

コロナ禍と言うこともあり、施設への面会が厳しく制限されているので、家族が訪れることも少なくなりました。

中には「最期」を迎える前に、いわゆる危篤状態で主治医のいる病院へ運び出され、数日後にその後の結末を知らされると言う場合もあります。

利用者と言っても、意識レベルは本当に様々で、新聞やテレビのニュースをしっかりと理解している人もいれば、認知症が進み、「もう帰るから」と一日中繰り返す人もいたりして、それこそ見えている世界観が異なります。

中には、最期を迎えた利用者や、転院した利用者を「入院している」と思っている利用者も少なくありません。

一方で、居なくなった本当の理由を察し、何も気づいていないフリをしている利用者もいます。

「迎えが来るのは怖い」

どんなにいつか巡って来る日を覚悟していても、やはり「最期」は怖いものです。

こみちだって、介護士としていろいろと見させてもらいましたが、自身の将来を考えると答えは同じです。

中高年に介護の仕事は向いているのか?

介護士の仕事をして思うのは、人生について分かり始める30代40代の、しかも体力的に踏ん張れる年代の人に、介護士の仕事を担って欲しいです。

では、こみちのように中高年になり、体力も衰えた人が介護士に向いているのかというと、正直言って向いていないでしょう。

しかし、だからと言って介護士として働いていけないのではありません。

大切なのは「働かせてもらう」と言う気持ちを持ち続けること。

こみちはそんな風に思います。

そうでなければ、30代の仕事ができるスタッフからすれば、こみちと同じ時間帯に働くことも避けたいでしょう。

なぜなら、それだけ若い人同様に数をこなせませんし、いざと言う時に踏ん張れないからです。

それがわかっているからこそ、自分にできることを1つでも2つでも増やしていこうとします。

そして、任された仕事に一生懸命になれるのです。

それは誤解して、いつの間にか自分主体で考えるようになってしまった中高年は、とても扱い難い存在です。

今日、ターミナル後期を迎えた利用者の変貌した様子に触れて、少なからず気持ちが遅れました。

きっと、経験が浅い状態で接していたら、確実にトラウマになっていたでしょうし、もしかすると腰を抜かしたり、気分を悪くしていたかもしれません。

それほど、衝撃的な状況でした。

しかし、こみちもいろいろ症状の利用者の触れてきて、そうそう驚かなくなりました。

骨と皮だけに痩せ細った利用者の排せつ介助をした時、「本当に生きているのだろうか?」と思えるほどでした。

ただ目だけが時折り動き、怖いけれど生きていることを感じます。

そんな類いの経験をして来たことで、今回の利用者の時にも落ち着いて対応できます。

介護が誰にでもできる仕事なのかは個人の判断にお任せするとして、介護を経験して得られたことはたくさんあります。

向いているいないは別として、もしもチャンスがあるなら一度は経験しておいて損はありません。

それだけは言えます。

自身の価値観や人生観を見直したいなら、介護士と言う選択もおすすめです。